たぁくみ

男と老人

 こんな腐れきった町で一体誰が希望を持つものか。

 男は特に行くあてもなくそこらをふらふらと歩き回っていた。

 周囲のほとんどの建物は全壊していたり、闇市で薬の密売人達が人の負のオーラを形にしたものに対して交渉でもしているようだ。

「こんなとこじゃ気色悪くて息もできねぇ」

 男がそう言うのも無理はない、町の所々にたまに死に損ないの病人や眼球がカラスに喰われている死体がそこらにゴロついているのだから。

 男がしばらく彷徨さまよっていると一軒だけ妙に周りの建物とは違った雰囲気をかもし出している古本屋を見つけた。

「誰がこんな状況で本を買うのか」

 男は嘲笑しながらも行くあてもないので入ってみることにした。


「店員は不在か。まあ当たり前だよな、こんな町で本が売れると思っているのが可笑しいのだ」

 これから冬が来るというのに、死体になり損ねた奴らは危機感というものを忘れてしまっているようだ。

「丁度いいから、焚き火の燃料にでもなりそうな本でも数冊⋯⋯いや、数十冊くすねてやろうか」

 男は乱暴に次々と本棚を荒らしていった。

 今更こんなことをしたところで誰も男を責めやしないし、見て見ぬふりをするだろう。

「どうせ誰も読まない本だ、何かに使ってやらないと本が可哀想だ」

 そんなことを言っていると、店の奥から老人が一人出てきた。

「おぬし、さっきから何をしておるんじゃ」

「なんだじいさん? この店の店長か? 警察呼ぼうたって無駄さ、この町の警察は汚職ばかりで機能しちゃいないからな」

 男は盗みをしているのに強気な姿勢を見せた。

「わしはこんな店の店主などではない、ここへ来たのはおまえさんと同じじゃよ」

「俺と同じだと? ということはあんたも何か盗みに来たわけか」

 こんなボロい店によくもまあ俺以外で盗みを働こうとする物好きがいるものだ。

「わしの求めるものはこの店の地下室にあるようなのじゃ、おぬしも来てみるか?」

「地下室だと? まさか金銀財宝でも隠れているとでもいうのか?」

「行ってからのお楽しみじゃ⋯⋯」

 男は今まで持っていた本を全て捨てて老人についていくことにした。

 老人の言う通り、書店の奥の部屋には地下へ続く仕掛けがあった。


 そして彼らは薄暗く、ほこりくさい地下室への階段を蝋燭ろうそく一本を頼りに下っていった。

「おい、じいさん財宝はまだかよ⋯⋯」

「せっかちじゃな、もうすぐじゃよ」

 そんなことを言っていると長い廊下に出たようだ。

「ここをまっすぐ行けばおぬしも財宝を手にすることができるぞよ」

「なら急いでその財宝を取りに行こうではないか」

 男はその財宝さえ手に入れれば、こんな地獄絵図を現実にしたような町からさっさと脱出できると考えていた。

「なぁじいさん、あんたその財宝手にしたら一体何に使うんだい」

「そうじゃな⋯⋯まずは外国に行ってそれらを売り捌いてやろうか」

「あんたせっかく手にした財宝を簡単に売り捌いちまうのかい」

「そうすれば手元に残る金は多く残るのじゃよ」

 男には何故わざわざ外国にまで行って売り捌きに行くのか意味が分からなかった。

「おっと、ようやく着いたようじゃ」

「おぉ! これでようやく俺も億万長者だぜ」


 目の前の扉を開けた途端、老人は微笑ほほえみ、男は絶句した。

「おい! 財宝なんてどこにもないじゃないか」

「なにを言っとるか、目の前にたくさんあるじゃろが」

「俺の目の前にあるのは大量の死体だけだろ!」

 そう、男の言う通り金銀財宝などどこにもないのだ。あるのは手術台の上に乗った大量の綺麗な死体だった。

「こいつらのはらわたなどは高く売れるのじゃよ」

「あんた、盗みに来たんじゃなかったのかよ⋯⋯」

「そう言ったのはおぬしをここに来させるためじゃよ、利益は多いに越したことはない」

「あんた⋯⋯俺をどうするつもりだ?」

「おぬしはどう売り捌いてほしいのじゃ?」

 その言葉を聞いた途端、男は急に恐怖心が上昇し、その場から一目散に逃げ出した。

 男は一瞬たりとも振り返らなかった、一度でも振り返れば死ぬと思ったからだ。

「畜生! あんなとこで盗みなどしなければよかった!」

 男は最初、町の風景をよく見ていたはずだ。どこに本など金にならない物をくすねる人間がいたものか。

 これは男が唯一見落としていた点である。

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