第16話
重傷のハチグモを肩で担ぎながら、ミケはそのまま海を目指した。ハチグモの指示だ。どこかで休ませたほうが良いと提案したが、ただ休むより船についたほうが手当ができると言われ、従うしかなかった。
本人の言葉どおり、あっけない終わりを迎えたポイノムを潰したドン・キホーテはそのままにしてきた。何故彼は動けたのか、このままでいいのかと聞くと、ハチグモは英雄とはそんなものだと答えた。どうしようもない状況から奇跡を起こし、人知れず弔われず死んでいく。意味はあまり分からなかったが、ハチグモがそうしたいというのなら従うしかないし、追求はしなかった。それに、ぼろぼろで顔も無くなってしまったドン・キホーテだが、もし顔があれば安らかな表情をしているのではないかと思えた。それほど、ぼろぼろの英雄は安らかだった。
歩いているとクロと合流した。
「さっきはありがとうな、助けてくれて」
「いいのよ。本当はもっと上手くやれたんだろうけどね……」
「こうして皆生きてるだけで十分だろ。そういうこと言うなよ、お前らしくない」
ミケに慰められるのが珍しかったのが面白かったのか、クロは笑った。出会ったときもだったが、彼女は笑いのツボがどこかおかしい。
移動中は沈黙が多かった。ハチグモは怪我と毒のせいで喋るのが辛いだろうし、ミケは心配で言葉が思いつかない。おそらくクロは珍しく空気を呼んで口を開かなかった。静かな三人旅だと、どうしても音に敏感になる。並が岩盤に打ち付けられる音と共に、磯の香りを感じたと思ったら、海についた。
そこからさらにハチグモの指示で砂浜の奥まった場所に移動する。そこには船があった。簡易的な屋根がついている3人か、四人乗りぐらいの小さな船だ。
あれが密航船なのか。疑っていると、砂浜で作業している人間がこちらに気がついた。最初は訝しげな視線を送っていたが、ミケが連れているのがハチグモだと分かると大慌てで近づいてきた。そこからは流れ作業のようにことが進んだ。
ハチグモが事情を短く伝えると、屋根を潜って船内に通された。驚いたの広さだ。屋根の下には階段が続いており、下ると五十人集まっても余裕がるのではないかという広さの空間だった。円形状の空間から更にいくつも廊下が延びてドアが並んでいた。なんでもこの船を守る魔法使いが、魔術を使って空間を弄っているらしい。
客室の一室に通され、ハチグモをベッドに寝かせると、間もなく船医がやってきた。
船医は体を調べ、薬を与え、怪我の治療に尽力してくれたが表情は暗かった。あらかた仕事を終えると、安静にさせなさいと一言告げて出て行った。
せっかくの初めての海、初めての船旅なのに窓も無い部屋に押し込められて息苦しい、なんて現実を見ない言い訳を、ミケはもうしなかった。この胸の苦しさ、近くまで忍び寄ってくる嫌な気配を受けいれた。逃げたところで回避できないのなら、黙って受け止めるしかない。
部屋の隅にあった椅子を持ってきて、ベッドの横に座る。クロはベッドの端で丸くなった。
ミケは横たわり、浅い呼吸をするハチグモの手を両手で包み込んだ。
「ハチグモさん、ちょっと聞いてもらっていいかな」
「なんだ」
「俺、さっきの戦いで、人を殺したろ」
あまり口に出したくない言葉なのに、すんなり出てきたのが気持ち悪かった。
「沢山殺した。人殺しなんて、すっごく嫌な気分になるもんだ。普通はそういうもんだろう? そうであるべきなんだ。でも俺、火をつけた時なんとも思わなかったんだ。こいつらは死んで当然だ、とかもなく何も思わないで殺してしまったんだ」
振り返れば、あの場に居た自分は本当に自分自身だったのかも怪しい。殺しをなんとも思わず、状況を判断して作戦を立てる。それはあまりにもミケから逸脱した人間性だった。
「俺って、やっぱり悪い奴なのかな……もしかしたらポイノムみたいな奴、だったのかな」
重傷の人間にこんなことを聞くものではない。分かっているが、我慢することもできなかった。思い出せないこの世界の自分への不安、そして失われてしまうのかもしれない温もり心細くさせた。
「ミケ君。私は以前、人の価値は結局人が決めと言ったのを覚えているかな」
ハチグモの声はか細かった。
「うん」
「そうなると君の価値を決めるのは私になる」
改めて言われるとドキッとする。緊張がミケの体を駆け巡った。
「私からすれば君は、十分良い奴だよ」
ハチグモは歯を見せて笑った。
「あったことのない村の人達や私の、ためにあんなに取り乱してくれた。そんなことをできる人間が悪い奴なわけないだろう」
「でも人を殺して」
「それでも、私は君を良い奴だと思う。これは揺るがない。きっとクロだってそう思ってる。なあ?」
急に話題を振られても取り乱さず、クロは頷いた。
「ミケ君、きっとこれから君は、今みたいに自分を疑ってしまうことも沢山あるだろう。いろんな人と会っていろんなことを考えるだろ。上手くいかないこともあるさ。だけど出会った人に、勿論全てではないか、今の私と接するように、私のためにしたことを他の人にもできたら。きっと皆君のことを良い奴と言ってくれるさ」
「…………」
「それでもどうしても疑ってしまうときは、そうでありたい自分を信じろ。難しいかもしれないが、そうすれば少なからず君が求める君の方へ進むことができる」
「……うん」
「私は果たしたい目標を達成できた。君のおかげだ。だから君も、探したい人を見つけるんだ。今言ったとおりにすれば、また君を助けてくれる人に出会えるさ」
「……うん。ありがとう、ハチグモさん」
「こちらこそ。ありがとうミケ君、クロ。それにルベル。心残りが一つだけあるが、最期に君たちにあえて良かった」
そうしてハチグモは眠りについた。彼の表情はもう苦痛に歪むことはなく、ドン・キホーテと同じく安らかに眠れた。
ミケは泣いた。泣いて泣いて、泣きはらした。涙が止まるとハチグモに頭を下げてから、クロと共に部屋を後にした。
ミケの目的は名前を知る女性を探すことだが、今は寄り道するつもりだった。ハチグモが土の大陸で出会う予定だった相手を探す。見つけ出してハチグモのことを伝えるのだ。情報はハチグモが眠りにつく前に、断片的に教えてくれた。情報としては心許ないが、これを頼りにするしかない。
「大丈夫でしょ?」
扉を背にして、もたれかかっているミケに、体をこすりつけながら言った。
「ああ、大丈夫だ」
「不安?」
「ああ」
「そう。貴方が私に素直になってくれて嬉しいわ。そういう態度、ハチグモと八雲達にしかしてなかったでしょ?」
「まあな……。これから、よろしくな」
「ええ。この世の終わりまでも、ね」
不安は消えない。だがミケはハチグモから勇気を貰った。彼はその勇気で道を照らしてこの世界を進む。博識な黒猫と共に。
二人は旅立つ。土の大陸、ソル・サラへ。
辿り着くべき終着点 東谷 英雄 @egorari28
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