このライトノベルがすごい!2021 新作7位記念短編
記念短編『灯火編』
なにせ数年振りに再会した当初からグイグイ押せ押せのスタイルだったため、
彼女はあくまでも目的があり、そのために伊織へと接近している。言い換えれば無理をしていたということであり、平常ではなかった、いつも通りとは違っていたということである。
本来の双原灯火は、同年代の異性と話すことすら緊張するほどの――花も恥じらう純情乙女なのだった。
もっとも、それだけならばことさら《問題》と言うほどのことではないのかもしれない。
ならば。仮に彼女が《恋愛に疎い》という事実が問題になるとするのなら。
その原因とはなんだろうか。
答えは単純。
それは、当の灯火自身にも――その自覚がまったくないということだ。
「むぅ……」
と灯火はひとり呻く。自室でのことだった。
現在、時刻は午後の十時前。夕食も入浴もとっくに済ませ、明日に備えて眠る前の余暇を楽しむ時間だ。
一日の中でも特に自由であるはずのそんな時間に、けれど灯火は唇を尖らせている。
理由は単純。
「なぜ伊織くんせんぱいには、わたしの色仕掛けが通用しないのかー……」
冗談みたいな発言だが、言っている当人は至って真面目だ。
それは目的のためには必須だと彼女は思っていたし、現状を思えばもはや必要ないという気もするけれど、それでもこのまま舐められっ放しというのは――さすがに女子高生のプライドに関わってくる。
自分には、そんなにも魅力がないのだろうか。
「……そりゃ別に、自信があるとは言いませんけど……」
というか、正直なことを言えばまったくない。
灯火はこれまでの人生でモテた試しがなかったのだから、自信があるほうがどうかしている。
――誤解なきよう補足しておけば、かつて異性から好かれた経験そのものが皆無というわけではない。
地味で目立たないとはいえ、それでも決して顔立ちは悪くない。むしろ整っている。広く好かれることこそなかったが、そんな灯火に目を留める男子がいなかったわけではないのだ。何度か告白を受けたこともある。断ってはしまったが。
いや。どころか灯火に自覚が与えられなかったものまで含めるなら、充分に《モテる》と言っていいほどには、双原灯火は愛らしい少女ではあった。
「ううーん……」
ぼすっ、とベッドに身を投げ出して、灯火は仰向けにスマホを持つ。
体の線が出ない、着ぐるみめいた《パッチー》のパジャマ姿。だがそれでもこの体勢なら、重力に逆らう胸元の主張が、決して控えめでないことはわかるだろう。
姉と似て、笑顔の似合う魅力的な顔立ち。それが学校という空間で目立たなかった最大の理由は、彼女が笑顔を見せることがほとんどなかったからにほかならない。
もともと目立つ性格ではない。かなりの内弁慶だから、慣れた相手には素直に懐く反面、身内と認めていない相手には野良の猫めいた警戒心を見せる。
何より最愛の姉――
たとえそれが、時間という名の断絶によって回復したとしても。
「むむむむむ……」
正直、上手くいっているとは思うのだ。望外に。
初めて会った――もとい再会した、あの七河公園の丘でのときから。
灯火は、伊織とだけは上手に話せたのだ。
伊織は話しやすかった。もともと幼い頃に遊んでくれたことも覚えていたし、そうでなくとも、普段は異性とまったく喋れない灯火が、伊織とだけは素直に会話ができた。
決して甘い人ではない――むしろ厳しすぎるくらいなのに。それでも。
――なんで、なんだろう……。
優しいけど素直じゃないし、気遣ってくれているのはわかるけど厳しすぎるし、もっと構ってほしいのにそっけないし、なのにときどき自分を見る目があったかくて。
そうだ。あんな《せんぱい》なんて、ぜんぜん――。
「……あれ」
手の中のスマホがぶるぶると震えたのはそのときだった。
同時に表示された名前を見て、灯火は自覚なく表情をぱっと明るくする。
『明日も朝から来るのか?』
「……ふへへぇ」
急ぎ、画面に返事を打ち込んでいく。
「もうもうもうっ、仕方ないですねえ伊織くんせんぱいは! まったくこんな時間に明日のお話だなんて、そんなにわたしとお話がしたかったんですかねえ、えっへへへぇー」
その緩みきった表情を見れば、きっと誰だってわかりそうなものだけれど。
――双原灯火は恋愛に疎い。
これから少しずつ育まれていくその想いに、つけるべき名前を彼女は知らなかったから。
だから。
今はまだ、幼馴染の妹のままで――。
【このラノ記念短編公開】『今はまだ「幼馴染の妹」ですけど。』 涼暮皐 @kuroshira
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