最終話.神の化身の物語が終幕を迎えた話

「最愛なる家族よ。目を覚ましなさい」


 神は告げた。


 五年ぶりの「純白の部屋の中」、穏やかな笑みを湛えた「白髪の老人」に向き合う。

 呼ばれるんじゃないかとは思っていたから、そう驚きはしない。

 直接の指令で死ぬような思いをして、というか実際死んで、何の労いもなしでは神格を疑う。

 なお、ここでいう神格とは人格の神様版ではなく、語義通りその神性そのものだ。


「この度は良い働きでした。見事、人の絆の力でラスボスを妥当したことを称賛しましょう」


 神は告げた。


「どうも」


 神と話していても大体ろくなことはないので、僕は早々に話を打ち切る方向で相槌を返す。


「ついては、神の力の及ぶ範囲で、汝の望みを一つ叶えてしんぜましょう」


 神は告げた。

 神の力の及ぶ範囲って微妙なんだよなぁ。

 ラスボス達は一般人に被害が及ばないよう(及んでたけど)手加減してたみたいだから、実際どれくらい強いのか見当もつかないけど、まぁそれよりは弱いんだよね。実際、生身で何人も異世界転移を往復させられる時点で、向こうの親玉はこの神様よりは格段に凄いんだろうけど。


「地位や名誉、見目に優れた伴侶、強大な力、不老不死などを除けば、大抵のことは叶います」


 神は告げた。

 うーん。他に何が残ってるんですかね。


「人の子の間で地位や名誉など、神が与えられるものではありません。重婚は戒律で禁じていますし、神の与えられる力の類いは既に与えられるだけ与えています」


 神は告げた。言い訳がましく。

 あとメジャーなとこで考えても、金銀財宝くらいなら僕でも奇跡で生み出せるしなぁ。


 まぁでも、それなら選ぶ望みは決まったようなものだ。

 僕は、神へと願う。


「神の化身を、やめさせてください」


 そして追伸する。


「八つ裂きとか永劫の罰とか、ペナルティ無しで」


 長年の悲願、ってほどでもないけれど、それはやっぱり、一番大きな願いだったので。


「何故です」


 神は告げた。

 いや。え、逆になんでわかんないの。


「シバリがキツすぎませんか。ちょっと油断したら八つ裂きとか、地獄行きとか……。奇跡の力も個人的なメリットとか全然ないですし」


 そりゃまあ、この力に助けられたことは何度もあった。実際僕はこの半生で既に二回死んでいる。半生で死ぬって妙な表現だな。


 でも、その死にしたって、元々は神の化身をやっていたからのことだ。


 喩えるなら、そうだなぁ、「三十キロのソファを駅から自宅まで運ばされて疲れたけど、ちょうどソファ持ってたから座って休めたラッキー!」みたいな。冷静に考えたら、ソファを運ばされてる時点でおかしい。


「その考えも尤もです」


 神は告げた。

 自覚あったのか。さすが全知の存在だなぁ。


 そうしておもむろに此方へ手を翳すと、ぞわりと、生温い風の吹くような感覚が肌を走り……僕は急激な虚脱感に襲われた。

 僕の体から銀色の粉状の何かが吹き出して宙を漂い、神の方へと吸い込まれてゆく。

 全身が重くなったような感覚が一瞬訪れ、徐々に抜けてゆく。何となく、何が起こったのかは理解できた。


「汝の望みは叶いました」


 神は告げた。

 想像通り、今のは僕の中にあった、神の奇跡の力だったんだろう。


「一つだけ誓いなさい。汝は人の子らに、神の化身が何であるかを語ってはなりません」


 神は告げた。


 神の化身が何であるか。

 神の化身は神ではなく、人である。


「それは、何故ですか」


 僕は尋ねる。大体は予想が付くけれど、一応だ。


「今後生まれるであろう神の化身らの布教に差し障りが出るからです。これは何があろうと譲歩できません。これを譲るくらいならば、今ここで汝の存在を完全に滅しましょう」


 そりゃそうだよなぁ。

 や、完全に滅されることじゃなくて、神の化身の正体を隠さなきゃならないってことが。

 僕を本当の神だと思っていた信者は存外たくさんいるのだし、その元化身が化身は人間だったなんてネタバラシをしたら、有史以来全ての神の化身の成した功績が神の手を離れ、加えてこの悪辣な所業が表に出るんだから、信者は激減だろう。信仰の厚い者ほど、信仰を手放すことになる。


 今後神の化身となる、後輩たちにはがんばってもらおう。


「わかりました」


 と僕は頷く。


「還俗すればもう、死んでも生き返ってやり直すことはできません。心して進みなさい」


 神は告げた。

 旧き神のくせに新しき神みたいなこと言うなぁ。

 なんて、くだらないことを考えていると、視界は暗転し、そのまま意識を失った。


***


 目が覚めるとそこは自宅の寝室で、隣で妻が寝息を立てていた。

 僕が夕方まで死んでいたこともあり、子供達は明日の朝までうちの両親に預けているから、今夜一杯は二人きりということになる。

 手をついて体を起こそうとすると、ちょうどその掌の形に、ベッドのシーツが眩く輝いていることに気付いた。


 思い立って、掌に意識を集中させる。

 念じてみても、聖灰は一粒たりと出ない。


 返す手で妻を揺り起こし、


「レイン、レイン。起きてるでしょ」

「……どうしたの。起きてたけど」


 引くほど寝起きの良い妻に、真剣な顔で向き合った。


「僕の名前を訊いてみて」

「何それ。寝惚けてる?」

「それを確認したいんだよね」


 それもまた重要なことなのだし。

 要領を得ない僕の言葉に、レインは不思議そうに首を傾げながらも、


「あなたの名前は?」


 と問うた。

 僕は喉の調子を確かめながら、こう答える。


「夫の名前も忘れたの?」


 答え合わせに二秒もいらない。

 それだけで察しの良い妻は、目と口を丸く開いて、驚きの表情を作ってみせた。


「……あれ。いつもの化身ギャグは?」

「あれもうやめた」


 やー良かった。

 名前を聞かれたら、自動的に「神の化身だよ」などと答えてしまう呪いも、きちんと解呪されているみたいだ。

 奇跡の力がなくなって、こういうのだけ残ってたら、本当最悪だよね。


 自然と自分の頬が笑顔の形に持ち上がるのを感じる。


「サニーもやっと厨二病卒業したんだね」


 とレインは慈愛の微笑みを満面に湛えてみせ、


「うん。起こしてごめんね」


 と、僕は軽く謝罪し、そのまま二人して二度寝に就く。



 翌朝、僕は奇跡の力をなくし、神の化身でなくなったことを公表し、そのまま宗教の舞台からは完全に身を引いた。

 ベッドの手形は光ったまま消えず、夜寝るとき眩しいということでシーツを変え、光続けるシーツは教団に寄贈した。


 元神の化身という肩書きは、テレビで宗教関係の事件があった時にコメンテーターとして呼ばれる程度の役にしか立たないけれど、あと五年もしたら、「あの人は今」にも呼ばれるだろう。全然役に立たないな。

 履歴書の自己啓発欄に書いたら、面接官とちょっと話題が弾んだりはした。まぁその会社の入社試験は落ちたんだけども。


 神の化身ではなくなった僕だけれど、別に、神の化身として知り合った人達と付き合いがなくなったわけでもない。

 化身をやめたことは後悔してないけど、神の化身としてでなく最初から人生をやり直せと言われたら、それも遠慮したいようにも思う。


 もしも、僕が生きている間に新たな神の化身が現れて、それが本物だったとしたら。

 僕だけでも色々と気遣ってあげようとは、思うかなぁ。



〈了〉

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光の手形 ~異世界で神の化身に転生した~ ポンデ林 順三郎 @Ponderingrove

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