最終話 離任式
離任式当日。
安西妙子先輩はスーツの胸に花を飾り、体育館のステージに立って子供たちを眺めている。
ステージに上がった猫山路美は、先輩の前に立って送辞の紙を広げた。
「安西先生、長い間、大変お世話になりました」
猫山路美の凛とした声が体育館に響く。
緊張はしていないようだ。俺はほっと一息をつく。
それにしても、原稿を読んでいるというのにこんなにも声が通るとは素晴らしい。
彼女ならやってくれるだろう。立派な送辞が演出できれば、俺の株も上がり、正規採用にぐっと近づくはずだ。
しかし、続く彼女の言葉に俺は耳を疑った。
「先生のご結婚を一言で表すと、まさに『呻ってる』です」
ええっ!?
呻ってる?
そんな言葉、原稿にあったっけ?
「呻ってる出会いで、先生はプロ野球選手との幸せを手にされ……」
待てよ、そこは、かの流行語『神ってる』だったはずだ。
まさか。
これって……。
念のため、俺は目の前の釜山千絵に小声で確かめる。
「釜山さん、ちょっと確認したいんだけど、猫山さんは何変換だっけ?」
――猫山路美(ねこやま ろみ)。
名前から推測される変換名を、釜山千絵は口にした。
「路美ちゃんはネロ変換だよ」
やはり、そうだよな……。
このことは織り込み済みで、原稿もネロ変換される語句がないことを確認した。カタカナだって『プロ野球』だけに留められていた。
「路美ちゃんは頭いいからねぇ。ほとんどの漢字をカタカナのようにスラスラ読んじゃうんだよ」
漢字をカタカナのように、だって!?
ま、まさか、漢字までもがネロ変換されちゃってるとか!?
するとステージ上の猫山路美の口から、信じられないような言葉が飛び出した。
「六年三組一同、先生のお幸せを、おポンドりして」
おポンドりって何だよ。
確かそこは『お祈り』だったはずだぞ。
体育館もざわざわとざわつき始めた。さすがに『おポンドり』には、多くの人が違和感を覚えたようだ。
それにしても、さっきの『神ってる』といい、一体どんな変換が起きているんだ!
――『神ってる』と『お祈り』。
変換されてしまった言葉を頭の中で並べて、俺は真相に気が付いた。
そうか、そういうことだったのか!
これはヤバい! 最後の言葉はもっとヤバい!!
しかし、時はすでに遅し。
猫山路美は声量を上げ、笑顔で締め括りの言葉を口にした。
「今日という日を、心からお呪いいたします!」
おわり
プチ変換 つとむュー @tsutomyu
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