Ⅵ-普く通ずる私たちの話

 ◆

 

 

 それから私たちは、思いつく限りの『普通の女子高生』らしいことをした。カラオケに行って、雑貨屋や文房具屋を見て回って、もう一度甘い物を食べて、二つ折りケータイの着メロを変えた。

 でも結局私たちは、私たちが思い描いた『普通』にはなり切れなかった。色んなところでボロが出たし、京子が言ったようにちょろくはなかった。


 ただそれでも、私たちが自ら遠ざけ、突き放したはずの『普通』をするのは──それこそ『普通に』、とても楽しかった。



 今、改めて、何もせずとも『普通』でいられる彼女たちに憧れ、羨んだ日々を想う──『普通』への憧れが嫌悪と隔絶に変わる、その前のことを、想う。


 たぶん、羨ましかったのは『普通』そのものじゃない。流行を追う彼女らの雑談内容に焦がれたわけでもない。ただ単に、ちゃんと友達になりたかった──彼女らをちゃんと分かって好きになりたかったし、彼女らにちゃんと分かって好きになって欲しかった。


 放課後にプリクラを撮るような。甘い物を一緒に食べるような。くだらないことでうるさいくらい大笑いするような。──その温度だけがひたすら羨ましかった。きっと、それだけだった。

 彼女たちに合わせていられれば、それだけであの温度に触れられると、そう思っていた。


 だから結局、『普通』が何なのかも自分が『普通』であるかどうかも、どうでもよかったのだ。



 あの時焦がれた温度は、今や手元にある。何の変哲もない日常を笑い合える友人は、隣にいる。今日のことはたぶん、叛逆でも復讐でもなかったのだろう。寧ろ、手に入らないからといって自ら捨ててきたものを、一つずつ丁寧に拾って回るような──そんな作業だったのかもしれない。


「京子」


 何とはなしに、隣を歩く友の名をを呼ぶ。


「ん? なぁに、すーちゃん」


「今日、楽しかった。誘ってくれてありがとね」


「えっ、どしたの、急に改まっちゃって。照れるなぁ」


 恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張る京子。──わざわざスカートを折るまでもなく、私たちは私たちであったという事実が、何だか堪らなく愛おしかった。


「なんか、『普通』ってどうでもよかったんだな、ってさ」


「あ、すーちゃんもそう思った? あたしも今おんなじこと考えてたんだ。……あのさ、すーちゃん『普通が正しいなんて誰も言ってない』って言ったでしょ?」


「うん」


「『普通』って言葉に含まれる、『みんなの普通が重なり合う部分』の話もしたでしょ?」


「うん」


「でも結局、どこまでがその重なり合う部分なのかも、どこまでが正しいのかも、私たちには認識できないよね」


「そうだね。『普通』と『正しさ』を混同したらいけない」


「そうそう。これもすーちゃんの言葉を借りるけど、何が正しく『普く通じて』るのかなんて分からないってわけ。──だからさ、私たち、自分の価値観の中に『普く通じて』るものだけ守れたら、それでいいって思わない?」


 京子はやっぱり、考えたり、それを言葉にするのが上手い。私が漠然と考えたことが、こうもすとんと胸に落ちるのだから。


「……まあ、『普く通ずる』っていうか、『多く占める』ってかんじはするけど」


「こ、細かいことはいいんだよ!」


「ごめんって」


 友人の抗議を笑って受け流す。


「──ね、京子、私たちさ、ずっと『普通』でいようね」


「うん?」


「なんていうか、自然体、みたいな意味で」


「うん──『普通』でいよう、あたしたち」


 約束、と京子は小指を差し出す。

 私は迷いなくそれに指を絡める。


 ──この約束はきっと、今後ずっと、京子の言葉を借りるなら「私たちの中に『普く通ずる』」ことに、なるのだろう。そう思う。



 絡んだ指を解くと、京子はふと思いついたようにこちらを見た。


「……あっ、そうだ。すーちゃん文芸部だよね? 今日のこと、お話にしてよ」


「えっ⁉」


「文芸部の部誌、文化祭で配るでしょ。私たちの『普通』が、少しでも『普く通じ』たら面白いかな、って」


 ──つくづく、私は最高の友人を持った。


「うん──書くよ。私たちの『普通』」


「やったー! 楽しみにしてるね」


「任しとき」


 京子の屈託ない笑顔に、改めて思う──ああ、私たちの『普通』はここに在る、と。


 だから、これから書く話のタイトルを、私はもう決めていた。



 ──『普く通ずる私たちの話』。

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普く通ずる私たちの話 木染維月 @tomoneko

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