美人局(その4)
福太郎の葬儀が終わってから数日の後、こんどは長男の格太郎が急死したという。
浅草寺裏手の大きな履物問屋の店に駆けつけると、奥座敷に横たえられた格太郎の枕頭に、岡埜同心がでんと座っていた。
「見ろよ、この苦しみようを」
死人の顔を見ると、たしかに地獄で閻魔大王に責め立てられたような恐ろしい形相をしていた。
嫁のお吉が呼び入れられた。
「なんぞ薬でも呑ませたのか?」
十手を突きつけられたお吉は、すくんだが、
「は、はい。子ができる薬を・・・」
すらすらと答えた。
嫁いで十年、跡取り息子ができないのを気に病むお吉に、義父の福太郎が、『ことの前に呑むがよい』と薬の包みをくれたので、今朝亭主に呑ませたところ悶死したという。
「いつのことで?」
日暮里の妾の家で悶死する三日前に、蟻地獄のお千の情夫の初次郎から福太郎が三包の媚薬を買った。
そのうちの一包を死んだ日に呑んだ。
ということは、福太郎は残った二包をお吉に渡したのだろうか?
「義父がお亡くなりになった日の朝でございます」
商家の嫁にしては艶な年増のお吉は、浮多郎に流し目をくれながら答えた。
「何包を?」
「はい、二包でございます」
お吉は、ここでも淀みなく答えた。
岡埜が、お吉を促して残りの一包を持ってこさせて懐へねじ込むと、あとは検死の役人に任せようと座を立った。
「怪しいな」
浅草観音に詣でたあと、仲見世のだんごを頬張りながら、岡埜が言った。
ちょうど野犬がねだりに来たので、岡埜は懐の薬包を解いて媚薬を半分ほどだんごにまぶして与えた。
野犬は、その場でぐるぐると回って、ばったりと倒れた。
「こいつは、媚薬じゃねえ。猛毒だ!」
岡埜はぶるぶると震えた。
―浮多郎は、その足で日暮里のお艶の妾宅をたずねた。
死んだ日、福太郎は媚薬を何袋持ってやってきたのかたずねると、
「三包です」
と言って、残りの二包を箪笥から取り出そうとしたが、
「あれっ」
と素っ頓狂な声をあげた。
「どうしました?」
「たしかに、ここに大事にしまっておいたのですが・・・見当たりません」
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