寛政捕物夜話(第六夜・美人局)

藤英二

美人局(その1)

「あああ・・・」

「これはどうだ」

「いいい・・・」

「いいお道具だ」

「上手すぎるよ、おまえさん・・・」

「さあ、これでどうだ」

「ううう・・・」

女のけだものじみたうなり声が長く続く。

「どうにかなっちまうよう・・・」

「おおお・・・」

女の嬌声に合わせるように、男も歓喜の声をあげ、床がきしんだ。

・・・ようやく男と女の長い夜の宴が終わった。

床下に這いつくばってこれを聞く浮多郎には、たいへんな責め苦だった。

絹ずれの音がして蟻地獄のお千が退場するのに入れ替わりで、

「お代のほうを」

男のだみ声がした。

「約束したのより、だいぶ高いな」

ここで床下から這い出て、この美人局の男と話をつける段取りだったが、

「お薬もお付けしますんで」

「薬?」

「事前にお呑みいただいたお薬と同じものを、あと三包お付けします」

「おお、あの薬がもらえるのか」

福太郎と男のやり取りを聞いて、浮多郎はいったん出した首を引っ込めた。

やがて、呼んであった町駕籠に乗ってお千とその情夫は立ち去った。

浮多郎は、すかさず植え込みに待機させておいた与太に、駕籠のあとをつけさせた。

「よかったよ。浮さん」

敷き詰めた絹の布団の上に胡坐をかいてニタニタ笑う福太郎は、まだ冷めやらぬ情事の余韻に浸っていた。

浅草寺裏の履物屋の丁稚から成り上がって財をなし、今はふたりの息子に店を譲った福太郎は、あちこちに妾を囲って隠居暮らしを楽しんでいた。

「でも、最近思うようにならなくてさ」

などと不埒な愚痴を聞いた俳諧仲間が、伝手を頼ってお千という女を世話してくれた。

元は年季明けの吉原女郎で、蟻地獄のお千の名の通り、いちどはまったら蟻地獄のように抜け出せなくなるいい女との評判だが、下手をするとよすぎて腹上死するという。

それに、男が付いてきて美人局まがいのことをするという悪い噂もあったので、福太郎はかねて知り合いの政五郎の縁で、浮多郎に見張り役を頼んだ。

「この女の腹の上で死んでもいいと思い定めてやってきたが、さすがにいい女だねえ。・・・俺もまだまだいける」

こんなことをぬけぬけと言う楽隠居の気持ちが、浮多郎にはさっぱり分からない。

女道楽に明け暮れる福太郎にして、お千のひと芝居も見抜けないとは・・・。

「あの女、だいぶ芝居がかっていましたねえ」

と一言冷や水を浴びせようかとも思ったが、それは止して、

「言い値でお代を払ったようですが・・・」

とたずねる。

「たしかに約束の倍は払った。が、気持ちよく払ったぞ。薬を三包もつけてくれたしね」

「薬って何ですか?」

「ことに及ぶ半日前に飲むとすごいことになると事前に渡されたのと同じものらしい。まあ、とびきり上等の媚薬だろうね」

すっかり飽きのきた妾を相手に試そうというのか、福太郎はうれしそうに笑った。

ーしかし、その福々しい顔を拝んだのは、この夜が最期だった。

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