美人局(その7)

奉行所が、霊厳島の廃寺でひそかに開帳していた賭場を襲い、その場にいた十人ほどを牢にぶち込んだ。

ひとりひとり調べていくと、浅草の上州屋の次男の豊次郎と蟻地獄のお千の情夫の初次郎のふたりがいるのが分かった。

たまたま賭場に居合わせたのではなく、ふたりはつるんでいかさま賭博を仕掛ける悪い仲間だと知れた。

過酷な拷問にとうとう耐えかねたのか、豊次郎は、

「兄嫁のお吉とは、嫁に来るとすぐいい仲になりました。親爺が初次郎の媚薬で腹上死したのを知り、初次郎に心ノ臓が止まる薬を調合させ、お吉に渡しました」

と白状した。

「ちょうどお吉の腹の上で死ぬ媚薬をと頼んだのに、初次郎のやつ即お陀仏する薬を作りやがって・・・」

と豊次郎は舌打ちしたが、これはとんだご愛敬。

深川の仲町の料亭「さわらび」の賭場で負けが込んで、主に大きな借りができた豊次郎は、主が盗賊の頭の猿飛の権太と初次郎に教えられ、借金の清算に上州屋を襲う強盗話を持ちかけた。

手引きは、お吉にさせた。

「ついでに、そのお吉も殺すよう持ちかけたのも、手前だろう。兄の格太郎殺しを知るお吉の口封じにな!」

取り調べの同心に責められては、豊次郎も観念するしかなかった。

初次郎も白状したので、豊次郎の悪行はすべて裏が取れた。

―浮多郎は、同心の岡埜に連れられ、火付盗賊改方を任されている先手組の清水門外の役宅をたずねた。

小頭の重野清十郎が玄関先へ出てきて面会した。

まだ若いながら重役の清十郎は、浮多郎を見るなり、

「おっ」

と言って口を押えた。

なぜ動揺したのか、それは分からない。

岡埜が、猿飛の権太一味が上州屋に押し込み強盗を働くのがどうして事前に分かったか、この浮多郎が知りたいというので連れて来た、と言うと、

「ああ、そんなことで・・・深川の『さわらび』の主が、どうも猿飛の権太らしいと知れた。それで権太の賭場にたれ込み屋を潜入させておいたのだ」

と、清十郎は、こともなげに言った。

「どうして、事前に上州屋に張り込みできなかった、かと?・・・近々どこかに押し込むということは分かったが、押し込先がどうにも・・・。それで後手を踏んだのよ」

清十郎は渋い顔をした。

「重野さまは、あの時どうして東洲斎先生に向かって『お主が・・・写楽か?』とおたずねになられたのでしょうか?」

浮多郎は、ずばりとたずねた。

重野清十郎は、ひと言も声を発せず、ただ浮多郎をにらみつけるだけだった。

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