美人局(大団円)
「猿飛の権太はどうしたい?」
「まだ見つかりません」
「闇の世界の仲間が大勢いるのさ。あいつには」
「身が軽いだけではない。変装も得意で、名前を変えてあちこちに出没するとか」
政五郎と浮多郎は、遅い夕餉をかきこみながら話をしていた。
お新は、夕方から三味線を抱えて吉原の置屋へ出かけていた。
・・・花魁に飽きてしまった太い客が、芸者の三味線に合わせて幇間と踊るのが何よりの楽しみ、というお馴染みができたらしい。
「妾のお艶が箪笥にしまっておいた残りの媚薬を盗んだのは、やはり豊太郎だったので?格太郎が親爺からもらった、とお吉が嘘をついたので、お艶のところに残っていては、つじつまが合いませんからね」
「放っておけ」
「?」
「媚薬はお艶のところにまだあるさ」
「お艶が嘘をついたと?」
「そうさ。おそらく格太郎が毒薬で死んだと噂に聞いたんだろう。それで、じぶんも福太郎に一服盛ったなどと疑われるので、とっさに嘘をついたのさ」
「・・・・・」
「ところで、初次郎の媚薬はどうなんでえ?」
「どうもこうも、まったく効き目のない、ただの白い粉だそうで」
「だろうな」
「分かってたんで?」
「ああ、蟻地獄のお千と一戦交えてうまくいった隠居が、自信がもりもり回復したので、効き目があると錯覚して無理しただけのことさ。・・・ただの美人局とちがうのは、極上の媚薬と称して、ただの粉を高値で売りつけ、客に喜んで金を払わせる初次郎の才覚にあった」
「それにしても腹上死する年寄が多かった・・・」
「みんな自惚れて自信を持ちすぎたのさ」
蟻地獄のお千、恐るべし!
―そのお千を、奉行所に訴え出た金持ち隠居がいた。
お千との交合を枕絵に残そうと高名な枕絵師を頼んだが、「醜男に描かれたので多額の前金を返せ」という言い分だった。
枕絵師は、お千が連れて来たらしい。
媚薬の代わりに、今度は枕絵と一式での料金設定を、お千は考えたようだ。
話を聞いた同心が、その枕絵を見て、
「これは、よく描けているではないか。そちに生き写しじゃ」
と感心し、
「なにぃ・・・描いたのが写楽だと?ならば、これはお宝じゃ。もっと金を払ってやれ」
と、この隠居をへこましたそうな。
・・・とんだ笑い話だ。
美人局~寛政捕物夜話5~ 藤英二 @fujieiji_2020
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