美人局(その5)

「しょっぴいて拷問にかけるか・・・」

たしかに年老いた福太郎は強すぎる媚薬のせいで心ノ臓が破裂したが、息子の格太郎は明らかに猛毒で死んだ、と検死結果を聞いた岡埜は、『残りの媚薬の二包が盗まれた』と妾のお艶が言うのに嘘はない。逆に『義父の福太郎が、日暮里の妾宅に出かける前に媚薬を二包くれた』とお吉は嘘をついた、と断じた。

「岡埜さま。いきなり亭主に毒を盛れば、女房のじぶんが疑われることになります。亭主殺しは死罪です。そんな乱暴な手口で亭主を殺すものでしょうか?これには、何かからくりが・・・」

浮多郎が直言すると、岡埜はもっともと思ったのか、いきなり拷問にかけるより、お吉を泳がせて尻尾を出すのを待とう、と考えなおした。奉行所は、お吉をはじめ上州屋の面々には、毒薬のことは伏せ、父親と同じに強い媚薬を呑んで死んだということにした。

―岡埜は、未亡人となったお吉を、黒門町の甚吉親分と交代で見張るよう命じた。

履物問屋の上州屋は、続けて親子の葬式を出すことになった。

跡目は、格太郎の女房のお吉が継ぐ話になったが、お吉は固辞し、次男の豊次郎に譲るのが筋だと言い張った。

しかし、親戚一同はこぞって反対した。

というのも、分家された豊次郎は日本橋裏手の高級履物の小売店をまかされたのをよいことに、岡場所に入り浸って商売に身が入らず、博打で負けが込んで借金もしこたまこさえたという噂だった。

―お吉が、ひとりで上州屋の店先に現れた。

後家になったばかりなので地味ななりをしていたが、襟足のぞくっとする艶っぽさは、かくしようもない。

お吉は浅草寺まで歩き、雷門前で町駕籠を拾って日本橋方向へ向かった。

橋を渡ってすぐの問屋街の一本裏道で駕籠は止まった。

ここは豊次郎の店なのだろうが、借金取りが怖いのか、昼から雨戸が閉まっていた。

雨戸を三回たたくと、それが合図なのか、木戸口が開き、お吉は中へ吸い込まれていった。

「会いたかったよう・・・」

すぐに、お吉の鼻にかかった甘え声が聞こえた。

着物が摺れ、口を吸って抱き合うような音が聞こえたが、ふたりは奥座敷に上がり込んだのか、あとは何の音もしない。

小半時もすると、お吉が木戸口から現れ、ほつれ毛を撫でつけながら、あたりを見回してから日本橋方向へ歩き出した。

さらに小半時ほど待つと、細身の優男が、木戸口から首だけ出し、同じようにあたりを見回してから逆の京橋方向へ歩き出した。

これが噂の豊次郎だろうと目星をつけた浮多郎は、あとをつけた。

―京橋から八丁堀、八丁堀からさらに両国橋を渡った豊次郎は、富岡八幡宮の先の「さわらび」という屋号を暖簾に染め上げた、こじゃれた料亭へ入って行った。

ここでも小半刻ほど待ったが、出てきそうもないので、浮多郎は先の刺青の女のお静の一件で見知った、門前仲町の浅太郎親分をたずねた。

「『さわらび』だって?」

親分は目をむき、

「料亭とは名ばかりの博打場だ。主は盗賊の親玉じゃねえのかい。詳しいことは、火盗に聞くんだな」

と言って、煙管の煙を吐き出した。

―三日後、その火盗こと火付盗賊改方と浅草裏で出喰わすとは、浮多郎は夢にも思わなかった。

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