美人局(その3)

吉原大門すぐの四郎兵衛会所の月当番の楼主が、蟻地獄のお千のことをよく知っていた。

「あれは、ご面相はたいしたことはないが、たいへんな床上手で、すごい人気だった」

「その人気の女郎も、落籍もされず年季が明けたようですが、どうしてまた?」

浮多郎がたずねた。

「淫乱というか、度が過ぎた好き者でさ。女房にしたらやり殺されると客は逃げ腰になったんだろうよ。馴染みになって遊ぶのはいいが・・・」

年老いた楼主は、『女郎はしょせん遊ぶだけのおもちゃでしかない』と言いたいのだろう。

行き先は、お千が三年前までいた京町二丁目の丸山楼でたずねることになった。

「ああ、お千ね。たしかに年季はここで明けました。落籍されなかった女郎はみんなそうだが、今さら生まれ故郷へ帰っても浦島太郎だし、町屋の女房に収まって商いもできない。つまるところ、茶屋とか岡場所で同じようにからだを売るしかない」

番頭は、格子の中の顔見世の女郎に聞こえないように、声を潜めた。

もっとも女郎たちは、番頭の話より、役者のような男ぶりの浮多郎をチラチラ見て、気もそぞろだったが・・・。

「でもね、あの女はけっこうしたたかでした。それまでまともに相手にもしなかった、ケチはげデブちびの爺さんに泣きついて妾にしてもらったのさ。もっとも、年季明けなので身請け金はいらない。ケチな爺さんにはうってつけだ」

さもありなん、と浮多郎はうなずいた。

―当てにはしなかったが、とりあえず横山町で着物の端切れを商う山城屋をたずねた。

「ああ、あの強欲妾ね」

先代は、お千を妾にしたあと急死し、今は番頭があとを継いだという。

「妾になるとすぐに、正妻にしろとごねて。先代は生涯独身で身寄りもない、それでいてひと財産もっているのに目をつけたのでしょう」

先代が頑としてはねつけると、これ見よがしに取っ替えひっかえ間夫を引っ張り込んで昼から酒盛りする荒れようだった、という。

「これには、先代もあきれ果て、あの女を追い出そうとしたんですが、どうにも埒があかねえ。そうこうしているうちに、ぽっくりと・・・」

「なんの病でした?」

「へい。心ノ臓がいかれっちまって」

「前から患っていたので?」

「いえ、とんでもない。・・・でも、あの女が殺したのにまちがいありません」

「どうして分かるのです?」

番頭はあたりを見回し、帳場のまわりにだれもいないのを確かめてから、囁くように言った。

「あっしに、色仕掛けで迫ってきたんです。『先代が死ねば、身代はあんたが継ぐんだろう。少し早めに死んでもらおうよ』って、なんでも心ノ臓を弱くする薬を持っているとか。だれにも分からずに殺せる、と。・・・即座に断りました」

番頭は、『即座に』と言ったが、じっさいはそうとう迷ったのではないだろうか?

言い寄って来るいい女と金がいっぺんに手に入り、しかもばれないで主を殺す・・・こんなおいしい話がそうそうあるものではない。

この番頭には、よほどしっかりした恋女房がいるのだろう、と浮多郎は思った。

―山城屋の主は、やはり心ノ臓が急に止まり、悶絶して死んだ。お千は腹上死だと言い張った。が、『今から奉行所に訴え出る』と言うと、不意にお千は不忍池近くの妾宅を出て行方をくらました。

番頭は、棚から牡丹餅で、山城屋の身代を手にしたので、奉行所には駆けこまなかったようだ。

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