第42話 脆さ

 俺は急いでアルベルトの部屋へと駆けつける。半開きになっている扉を強く開き、中の様子を確認する。すると、そこにはガラス片が飛び散った窓辺に涙を浮かべるフランカが立っており、その側には必死に説得するマキナ、そしてそれを笑いながら見つめるアルベルトの姿があった。部屋の中央には、開かれた死の手帳カルネデモルトが床に落ちており、俺は全てを察した。


「フランカ!落ち着け!お前がを見てしまったのかはわからないが、まだ諦めるな!未来は変えられるかもしれないだろ!」

「・・・無理だよ。きっと変わらないよ。」

「どうしてそう言い切れるんだ!」

「だって、私はんですもの。」


フランカはそう言って、身を投げ出した。全速力で窓辺まで走るが、当然彼女の投身の瞬間には間に合わない。しかしこの部屋は二階だ。重症だとしてもまだ助かるかもしれないと思い窓から下を覗き込むと、そこには城を囲う柵に突き刺さっている彼女の姿があった。


「くそ、なんなんだよ!どうして、どうしてどいつもこいつもこんなモノに振り回されるんだ!」

「我々、教徒にとって、それは希望の書カルネデエスポワールだからだ。」


やっと口を開いたアルベルトのその言葉に怒りを感じた俺は、アルベルトの胸ぐらを掴み問う。


「開けば死ぬかもしれないとわかっていて、どうして開くんだよ!何が『希望』だ!!」

「・・・人は脆いのだよ。信じるものが、希望が、必要なんだ。たとえそれが『死』だとしてもな。」


どうすることもできないことがもどかしく思い、俺は脱力してしまう。俺の手から解放されたアルベルトはフラフラと歩き出し、希望の書カルネデエスポワールを手に取る。


「おい!」

「・・・私は超越してみせる。」


アルベルトは希望の書カルネデエスポワールを開き、しばらく硬直する。そして、また動き出したかと思えば焦るように何度も辺りを見渡す。その瞬間、さっきまで倒れていた小剣の男がアルベルトの背中に小剣を突き刺した。


「これで、私の仕事は終わりです。アルベルト殿下。貴方のような気品の無い人間は、グラン家には相応しくはない。」

「お前は、ドミナターからの使いではなかったのか?私を、守り、私を『選ばれた者』とするべく、来たの、で・・・」

「そうですとも殿下。私はデューオ様からの使いであり、そして使でもあるのです。デューオ様からは『希望の書カルネデエスポワールの回収』を、グラン伯爵からは『あなたの暗殺』を請負ったのです。」


おそらく、その説明を聞き終える前にアルベルトは絶命していた。そしてアルベルトを殺し終えた片腕の男は、アルベルトの手から希望の書カルネデエスポワールを奪い、窓から飛び出していった。そのときに一瞬だけ見えた希望の書カルネデエスポワールの開かれたページには『アルベルト---裏切り者により刺殺』という文字列が刻まれていた。


死の手帳カルネデモルトの死の連鎖は、これからも続くのだ。



 血の匂いが充満したこの広間でただただ立ち尽くしていた俺の手をマキナが引く。


「シン。バンジャマン王の元へ行きましょう。心配です。」

「・・・あぁ。」


衝撃の連続で疲弊し切っていた俺は、ここから先のことをよく覚えていない。



 あの死の手帳カルネデモルトを巡る例の事件は、バンジャマン王とヴィオラ以外の者の死によって幕を閉じた。マキナによると、アルベルトの死後バンジャマンは生きる気力を失ってしまい、寝たきりの生活を続けているとのことだ。当然、グラン家との結婚も白紙に戻り、この先リシャール家が衰退の一途を辿ることになるのは明白であった。


 あの事件から数ヶ月が経過した。俺は俺自身の弱さをあの事件によって思い知り、さらに修行に励んでいた。そして、その『弱さ』は実力の無さだけから来るものでは無いような気がしていた。コジマが言っていた『経験が足りない』という言葉の意味を少しだけ、理解できたような気がする。


 俺はあの時、どう立ち回れば誰も死なせずに済んだのだろうか。誰の言葉を聞き、誰の力になれば、人が死ぬ前に真実に辿り着けたのだろうか。


 救うことが出来なかった彼らの死を、俺は生涯背負って生きていかなければいけないのだと思った時、ふと希望の書カルネデエスポワールの存在が脳裏を過ぎった。



---『死の手帳』編 完 ---

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異界の容疑者 Fa1(ふぁいち) @Fa1

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