第11話 放課後の黙示録
妖精族の放つ矢は雨のように降り注ぎ、ドワーフの石斧は次々に妖物を倒していく。しかし、限りなく出現する異形のものたちの前に、やや押され気味になっている。
「斎原、李徴さんは使えないのか」
「無理」
固い表情で斎原は即答した。前回、消滅させられた影響が残っているのだ。
「まだこんな状態なんだよ。ちょっと出ておいで、李徴さん」
その声に応じ、トラが出現した。斎原の両手に載るくらいのちっちゃなトラが。これでも、やっとここまで復活してきたところらしい。
「か、可愛い!」
いつの間にか元の姿に戻ったヴァネッサが意外に女の子らしい声をあげる。
李徴さんは、にゃう、と一声鳴いてまた姿を消した。
「仕方ない、ストームブリンガーを呼ぶぞ」
「ちょっとやめてよ。それは本当に最後の手段なんだから!」
斎原が強硬に反対するので諦める。でもそうなると苦しい。敵とこちらの戦力差が2倍ほどになっている。
「では、これで食い止めるとするか」
ヴァネッサは真っ黒い甲冑で前線に出て行った。百年戦争で活躍したイングランドのエドワード皇太子の着用したものだ。
「黒太子(ブラック・プリンス)!!」
豪快な剣捌きで次々に妖物を屠っていく。また一時的に妖精軍が押し返した。
しかしこれが長く続くとは思えなかった。
☆
「君依くん、わたしに力を貸して」
斎原は決意した表情で僕を見詰めた。
この場合、力を貸すとは、やはりあれだろう。斎原は僕の遺伝子を体内に摂り入ることで、対文妖能力が格段に強化されるのだ。
ちょっと照れるが、こんな場合だ。藤乃さんも許してくれるはずだ。
「……なにをやっているの」
ズボンを脱ぎかけた僕を、斎原が冷たい声で制止した。ずっと僕を無視していた藤乃さん(の文妖)まで、あきれ果てた顔で僕を見ている。
「あの。僕はなにか間違えたのかな」
「こっちだよ、こっち!」
斎原は唇を指差した。そうか、キスだったか。
「おい、いつまでやっておるのだ!」
怒り狂ったヴァネッサの声で我に返った。斎原もとろんとした表情で、あたりを見回している。だがすぐに斎原も瞳の焦点が合った。
「しまった。また夢中になっちゃった。もう、いい加減にしなさいよ、この変態」
斎原にも怒られた。でも、僕のせいか?
「別な文妖を召喚する」
書架の本に手を触れた斎原。その指先から淡い光が流れていく。書架全体に広がった光はやがて一冊の本に集約される。
「見つけた」
斎原の唇が小さく動いた。
妖物の軍団を取り囲むように、図書館の天井まで届く書架が出現した。だがそこに収められているのは通常の紙の本ではない。
古代アッシリアの図書館がここに再現された。
「下がって、ヴァネッサちゃん」
斎原はすうっと息を吸い込むと、『山月記』と同じ中島敦によって書かれた小説の名を叫んだ。
『文字禍』!!
粘土板は轟音とともに、一斉に書架ごと崩れ落ち、主人公の老学者さながら、妖物の軍団を押しつぶした。
☆
「終わったのか」
文妖が消え去った図書館に斎原、ヴァネッサ、そして僕は立ち尽くしていた。藤乃さんの文妖もいなくなっていた。
「藤乃さん……。そうだ、斎原。藤乃さんの連絡先を教えてくれ」
でも斎原が見せてくれたのは、僕も知っている番号だった。
「よしよし、もう泣くではない」
がっくりと肩を落とした僕をヴァネッサが慰める。
「しかし、これはなんじゃ。水ではないようだが」
図書館の床にはうっすらと液体が溜まり、靴底を浸していた。
次の瞬間、透明だったそれが真っ赤な血の色に変わった。
「うぉっ!」
僕は思わず足をあげた。
「新手がくる!」
斎原の声に、僕たちは図書館の奥に目をやった。
「天使か? それにしては悪そうな顔をしておる」
小さなラッパを持った天使が、図書館の天井近くを飛翔している。その顔はヴァネッサが言うように邪悪な表情を浮かべている。
そして、天使のラッパが吹き鳴らされた。
「あれは馬?」
それは確かに馬のような姿をしていた。見ているうちに白から赤そして黒と身体の色が変化していく。最後は幽鬼のように青ざめた色になり、僕たちの前にたちはだかった。体高は人の三倍はあるだろう。
「うげ」
ヴァネッサが変な声をだした。その馬の体表面には無数の人の顔が浮かんでいたのだ。口々に助けを求める声を発している。
その地獄の馬は脚を踏み鳴らし、高らかにいなないた。そのまま僕たちを踏み殺そうと前足を振り上げる。
斎原が一歩前に出た。渦を巻くように文妖がその手の中で実体化していく。
「斬馬刀」
全長2メートルを超す大太刀が斎原の手に握られていた。それを横薙ぎに払い、人が苦悶の表情を浮かべる馬の四肢を切断する。
そして返す刀で首を斬り飛ばした。
馬が蒸発するように消えると同時に、斎原の斬馬刀も霧散した。
斎原はその場に膝をついた。さすがに息が荒い。
「また何か出て来る」
ヴァネッサが呻く。足元の水面が揺らぎ始めた。僕たちの目の前で水面が盛り上がり巨大な真っ赤な竜に姿を変えた。
「許せ、斎原」
僕は斎原をかばい、入れ替わるように前に立った。
「古き神アリオッホ。僕に力を貸せ」
遠くで黒の剣が血ぶるいするのが感じられた。僕は右手を差し出した。黒い渦が巻き、一本の魔剣が出現する。
「よく来た、ストームブリンガー」
剣は僕の声に応えるように、漆黒の刀身に紅い古代ルーン文字を浮かび上がらせた。一旦抜かれると、魂を喰らうまで元に戻らない悪魔の剣だ。赤竜を見て、喜びの咆哮をあげた。
☆
(またいつでも呼ぶがよいぞ。報酬があれば喜んで馳せ参ずるからのう)
斎原の生太ももで挟んでもらってご満悦のストームブリンガーは、また文庫本に戻った。斎原は屈辱に顔を染めて歯ぎしりしていたが。
ともかく、僕たちはすべての新型文妖を駆除することに成功した。
☆
その日の夜。テレビ画面に緊急速報が映し出された。
『
僕は遊びに来ていた折木戸と一緒にそれを見ていた。
「ほう、S・B・Hの子糸社長と不適切な関係だと!」
折木戸が目を輝かせる。
「多分、お前が考えているのとは違うと思うぞ」
「何をいう。男同士の不適切な関係といえば、あれの他になにがあるというのだ」
明らかに最近読み始めた本の影響を受けているようだ。
「だが、わたしはこんなおじさん同士のアレには、そそられないがな」
もちろんそんな関係ではない。何億円だかの別荘を無償で貸与していたとかいうものらしい。これは焚書法案の見返りだというのが大方の見方だった。
そのまま国会審議は停止し、この法案は廃案になった。
「まさか、これって斎原家の政治工作の結果なのか」
僕は電話で斎原に訊いてみた。
「さあ、どうだろうね」
斎原は少し笑っているようだった。そこで口調ががらりと変わった。
「でも確かなのは、新型文妖を造ってまき散らしたのは子糸社長の指示だったってこと。これは公表されてないけどね」
マスコミの、子糸社長への忖度ってやつでしょうね、斎原は舌打ちした。
子糸社長は記者会見で事業がとん挫した事について、笑顔で、大赤字だと嘆いてみせたが、これも結局は税金対策だというのがもっぱらの噂だ。もともと、海外子会社を使って法人税を免れていたような会社だ。本当に痛くもかゆくもないのだろう。
「あいつら、まだ何か仕掛けてくるかもしれないからね」
斎原はそこで少し考え込んだ。
「だから、君依くんは、わたしの従僕としてもっと力をつけて欲しいんだ。具体的には……ストームブリンガーに替わる武器を見つけて貰えると、ね」
従僕として、というのは余計だと思うが。なるほど、それは切実な問題だった。
そうなると、僕はもっと本を読まなくてはならない。そして、強力な文妖を見つけ出し、新たな契約を結ばなくてはならないのだった。
「大丈夫だよ。うちの図書館は本には事欠かないからね」
たしかに、契約を結ぶ本を探すのは楽しい作業ではあるのだけれど。
「ああ、忘れるとこだった。明日からその本の修理をよろしくね。いっぱい被害が出ちゃったからね」
斎原は明るく言って電話を切った。
その前にとんでもなく大変な作業が待っていた……。図書館の惨状を思いだした僕は、呆然と携帯の画面を見つめていた。
おわり
だから、図書館での武装は禁止だって言ったでしょっ! 杉浦ヒナタ @gallia-3
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