青が好き

南沢甲

青が好き

夢が始まる。

 にゃんという鳴き声と共に意識がはっきりとする。目の前には飼い猫のダイナが膝の上で立ちあがり、前足で体を押してくる。

「あら、おはようダイナ。重たいから早く降りてくれないかしら?」

「酷いにゃ!それに、おはようというよりお休みにゃ、ご主人」

 揚げ足を取る駄猫の青錆色した体を持ち上げて、ポイっと放り投げる。

キョロキョロと周りを見渡すと、全体的に青色風色。緑色の空に、青いコンクリートの道が目に入る。私の背後には黄色い外装をした眼科がそびえ立つ。

どうして、すぐに眼科だとわかったかというと、

「あら、家の近くの病院じゃない。外装塗装をしていたのね。何だか黄色い救急車を連想させられるわ、戻したほうがいいと思わない?」

 目が悪くメガネが手放せない私にとって、馴染みの病院が愚行に走るのは、あまり見えなくても見逃せない。そう意味を込めてここらが散歩経路のダイナに尋ねると、コクンとかわいらしく首を傾げた。

「何言っているにゃ? 色は白いままにゃ。間違いないにゃ」

「確かに白っぽくはあるけれども、やっぱり黄色よ。目が悪いのね、あなた」

「人間様の目と比べられても困るのにゃ。それにご主人も大して目がよくないにゃ。ご主人の眼鏡をかけた時はダイニャにもピッタリだったにゃ」

「なにダイナ。あなた私の眼鏡に悪戯したの⁉」

「すごくかけづらかったにゃ。耳にかからずにスルンにゃ」

 ダイナのセリフにおっかなびっくり眼鏡を見る。お気に入りの赤眼鏡が何と、ピンクや紫に変色してしまっているではないか。

「なんてこと! ああ、可哀想な私の眼鏡。きっと落ちた衝撃で顔面蒼白になってしまったのね。いえ、赤と混ざって顔面桃紫(トウシ? ももむらさき?)ね」

 私がシクシクと悲しんでいると、ダイナがまたもや膝の上に乗って前足を肩に置いた。

「そう悲しむ必要はないにゃ、ご主人。確かに猫のダイニャにも変な色をしている様に見えるにゃ。でもよく考えるにゃ。眼鏡を見るときはどうするにゃ?」

「なに? なぞかけかしら?」

一丁前にと思ったけどダイナがせかしてくるので素直に答える。

「それはもちろん、さっきしたように手でもって目で見るわ」

「そうにゃ。つまり今のご主人はダイニャほどの、猫ほどの視力しかないってことニャ。いつだったかご主人に教えてもらったにゃ。猫の色覚は人と違うってにゃ。猫並みの視力になっているなら、色覚も同じになっているはずにゃ。発音も似ているしにゃ」

「話が長くて分かりにくいわ。つまり、一体全体どういうことかしら?」

「つまり今のご主人の色覚は変にゃ。ってことで病院の外壁は、いつも通りの白に見えるダイニャが正しいニャ。ご主人の間違い――」

「よいしょ!」


「にゃああ――」

 夢が終わる。




 夢が始まる。

 てくてくと足音が響く。ちょろちょろと小川が、分かれたり集まったり広がったりと自由奔放。

「のどかで癒される素晴らしい夢ね。あと一分で飽きそうだわ」と、もう飽き飽きな私。

「せっかくの風景もご主人には猫に小判にゃ」と失礼でかわいい猫のダイナが足元をふらふらしている。

「猫はあなたでしょダイナ。主人に文句なんてぶしつけね。その鬱陶しい語尾と共に躾けるわよ」

そう言いながら踏みつけるように大股で歩く。

「どうしてにゃ。これほど愛らしい言葉使いはないにゃ」

 でもダイナは踏まれずに、更に足元をウロチョロ。

「いいえ、愛らしい以上に鬱陶しいわ。文章作成ソフトが赤い波線だらけになるくらい。

そもそもなんであなたはそんな話し方なのかしら? そんな話し方を教えた覚えはないわよ」

「その話は前にもしたにゃ。いつかの夢の中でにゃ」

「夢なんて起きたら忘れているわ」

「前もそういっていたにゃ。この語尾はただのキャラ付け

にゃ。気にしたらだめにゃ」

「そう。まあ、キャラ付けなら仕方ないわね」

あたりはだだっ広い草原で、私とダイナは、はたから見たらすごく目立つかも。でもそれより目立つものを見つけた。

「無性に引き付けられるものがあるにゃ」

 何気ない道端に、なんと大判小判。川の水以上に光を反射するし、色もやたらめったら鮮やかだし、眩しいったらありゃしない。ダイナが大判小判を揺らして、余計にチカチカ。

「猫に小判。何の役にも立たないどころか、かえって邪魔になるわね」

ダイナから大判小判を取り上げる。大判小判はダイナ以上に重たくて、腕が太くなっちゃいそう。

「誰のものかしら? こんなところに落とすなんて、相当のおバカさんね」

「ラッキーにゃ。これで大金持ちにゃ。明日から美味しいご飯にゃ」

「何言っているの、ダイナ。夢の中でお金持ちになったってしょうがないでしょう。それにここでくらい、いいことしないと」

ダイナと私の何とも言えない視線が、見つめあうけれど、私は下じゃなく正面を見ている。これなーんだ。

正解は、誰かさんにダイナが抱きかかえられている、でした。

「ハッハー! そこのお嬢ちゃんこの猫が大事ならその大判小判をよこしな!」

誰かさんは二足歩行するオレンジ色の豚さんで、器用にヒズメでナイフを持っている。ナイフは赤錆が覆っているけれど青錆色のダイナの体にぴったり。

「脅したって無駄よ。何せここは夢の中だもの。そのナイフでどうこうしたところで何の意味もないわ」

「……。いや嬢ちゃんそれはあまりにこの猫が可哀想ってものじゃないか?」

「仕方ないにゃ。ご主人はああいうご主人にゃ。ダイニャならせめて大事だ、くらいは言うにゃ」

「そうか、いいイエネコなんだな。そうだ!」

 豚さんはダイナを置いて、そっと私のほうに寄ってきた。

「ハッハー! そこの猫このお嬢ちゃんが大事ならその大判小判をよこしな!」

 なんと豚さん、ダイナを猫質に取るのをやめて、今度は私が人質。鼻息荒く、錆々ナイフをこっちに向けてくる。

「それは困ったニャ。ご主人がいなくなると、ご飯を自分で調達しないといけなくなるにゃ」

「そうだろう、そうだろう。だったら大判小判をよこしな!」

 やっと、焦ってもらってうれし気な豚さん。

「でもそれはできないにゃ」

 そんな豚さんをあっさりと切り捨てるダイナ。

「はあ⁉ この嬢ちゃんが大事じゃないのか⁉」

「大事にゃ。でも、ダイニャには大判小判を渡せないにゃ。だって、ダイニャは大判小判を持っていないにゃ。持っていないものを渡すなんて夢の中でもできないにゃ」

「くっ! それもそうだ!」

 そういって豚さんは私から離れた。豚さんのお腹は面白い触り心地だったから少し残念。

「嬢ちゃんも猫もだめなら。

ハッハー! そこのお嬢ちゃん、猫この俺が大事ならその大判小判をよこしな!」

豚さんは自分にナイフを向けてそう宣言。

「豚さん、あなたとんでもないことを言っているのが自分でもお分かり?」

「とんでもないことじゃなきゃ脅しにならねぇだろうが!」

「まあそうなのだけれど。でも、渡せないのには変わりはないわ。あなたさっきから主張がコロコロ変わって、本当に脅す気があるのか、花花疑問だわ」

「花花?」

「間違えた。甚だね。揚げ足を取らないでくださる?」

「そうか。いいんだな? 俺はやるときはやるぞ?」

 豚さんはナイフを掲げて刃先を睨む。私と豚さんは静かになった。あたりに響くのはダイナが「この川深いにゃ!」と水遊びしている声だけ。

「クッソ!」と悪態をつく豚さん。ナイフを落として膝をつく。

「俺は人を殺す覚悟もないのか!」

「そうね、あなたには悪いことは向いのね」

「大変な目にあったにゃ」

 ビショビショになったダイナが大きな貝をくわえて上がってきた。

「ご主人貝いるにゃ?」

「いらないわよ」

「じゃあ豚にあげるにゃ」

 豚さんが無言で貝を受け取ると貝がパッカリ開いた。貝の中にはきれいな黄色い真珠があった。

「あら綺麗ね。たしか真珠の宝石言葉は純潔だったわね。今のあなたにピッタリね」

「……おう、ありがとな」

豚さんはそのままどこかに歩いて行った。

 夢が終わる。




 夢が始まる。

 近くに川が流れる草原の道端を……。

「なんで同じ舞台なの?もう退屈しちゃったわ」

「そんな日もあるにゃ」

変わったのは、小川から川と呼べるくらいに大きくなったくらい。小川の時は気付かなかったけど、綺麗なエメラルドグリーンをしている。

「夢は三部構成と聞いたことがあったわね。だとしたらこれは第二幕なのかしら」

 両手で抱えなければならないほどの大判小判を見ながら言う私に、日を浴びて伸びをするダイナ。

「ねえダイナ、交番ってどっちに行けばいいかしら?」

「知らないにゃ。少なくともここらにあるようには見えないにゃ」

しょうがないから、川に沿って誰かを探す。さっきイノシシさん(鹿さんだったかしら?)みたいなのが現れないことを祈らないとね。

 あくびが漏れるけれど、残念なことに今は両手が開いてない。はしたないけれども許してね。

 あくびをして目を閉じてまた開くと、三つの影がいつの間にやら表れている。三者はこちらから見ると一列に並んでいて、手前から、穴が開いた風呂敷を持つウサギの泥棒さん、青い制服を着た犬のお巡りさん、困り顔した馬さん。ウサギさんと犬さんは一心不乱に水を飲んでいて、お腹がはち切れんばかりにぷっくり膨れている。そのせいで、二匹より奥の川の水が枯れて、川の中にいる馬さんが悲しげにしている。

「もし、ウサギさん。あなたは何をなさって?」と私が礼儀正しく尋ねたのに、ウサギさんったら顔色変えて「邪魔するのでねーでやんす。あっしは、盗んだ大判小判を持ってそこのサツから逃げねーとなんねーでやんす」とお怒り。

「そうお怒りにならないで、私にはあなたの行動が不思議でならないだけなのよ。少しでいいからお話を聞かせてもらっても?」

「だったらあっしの逃走計画しかと聞くでやんす。あっしは前々から、お偉いさんらが隠し持つ大判小判を盗んでやりたいと思っていたでやんす。

でもそこには大きな問題があったでやんす。お偉いさんらが住むのは、あっしが住む場所から川を越えたところにあるじゃねーでやんすか。なんせ盗むのは大判小判。風呂敷すら破れるくらいに重たいでやんす。なら、そんなもんもって川を渡ると沈んでしまうに決まっていんでやんす。

そこであっしはとある祭文を思い出したでやんす。海をごくごく飲みこむ小僧の話でやんす。あっしはこれだと思ったのでやんす。さすがに海は無理でも、塩辛いでやんすから、川くらいならいけるんじゃねーかと踏んだでやんす。

そういうことであっしは今大変なのでやんす」

ウサギさんはまた川の水を飲む作業に戻ってしまった。

「話が長いとどうにも内容が理解できないわね」

「理解できないのは話の長さが理由じゃないと思うにゃ」

「それは私の頭がよろしくないと言いたいのかしら?」

「それは違いないけれどにゃ。でもそういうことでもないにゃ」

 ダイナの悪口は無視して、今度は犬さんにお話を聞きに行く。

「もし、犬さん。あなたは何をなさって?」

「む、本官はそこの泥棒をおっているであります」

「ではなぜ川の水をお飲みになって?」

「それは単純明快であります。この泥棒は水攻めするという方法で、大判小判をまたもや盗みだしであります。本官が泥棒の後を追いこの川まで来たところ、水を飲んでいたであります。恐らく、川の水を飲みほして渡ってしまおう、という魂胆なのだろうと推理したであります。そこで本官は考えたであります。毎度この泥棒風情に逃げられるのはなぜか。これは警察の間ではよく聞く論語でありますが、一つひらめいたことがあります。それは、いつも対応が遅いからなのではないか、ということであります。そこで先回りしようとしたであります。先回りするには泥棒と同じ順路をたどるのが一番近道だと考え、こうして川の水を飲んでいる次第であります」

「そういえば犬さん、前の夢で落とし物の大判小判を拾いましたわ」

「さぞ重たかったでしょうに、ご協力感謝するであります」

「これも国民の義務ですわ」

「これは本官が責任をもって持ち主に返すであります」

 犬さんも水を飲む作業に戻ってしまった。私とダイナは悲しそうな顔をした馬さんのもとへ。もう、話を理解するのは諦めているけれども、ここで馬さんだけ話を聞かないのは失礼に当たるからね。

「もし、馬さん。あなたは何をなさって?」

「川が枯れて悲しいのです。仕事ができなくなって困っているのです」

「あら、お仕事中でしたの?」

「もうできないのです」

馬さんはついにエンエンと泣き出してしまった。その泣き方はすごいもので、涙が川の水みたいにどんどんと流れている。上と下には水が流れているのに真ん中だけ枯れた川が出来上がった。

「落ち着きなさって。その仕事について詳しく話してくださらない? もしかしたら何か力になれることがあるかもしれないわ」

「――分かったのです。アチキはもともと川を泳ごうとする輩を追い返していたのです。でもある時、「飲み干してやるでやんす」という声と共に、上流から流れてくる水の量が半分になったのです。ご存じの通りそこのウサギが水を飲んで川を渡ろうとしていたのです。とても困ったのです。何せ相手は泳ごうとしていない、仕事の範囲外なのです。それに何よりこのまま水が減れば魚のアチキは死んでしまうのです」

「魚にゃ?」

「茶々入れないの。それと食べたらダメよ」

「そこに、「先回りして準備万端にするであります」という声が聞こえてきたのです。アチキは念仏を聞いたような気持になったのです。このまま怖がるより今のうちに準備したほうがいいと思ったのです。それで何とか川の水がなくなる前に空気の中でも呼吸できるようになり、地面の上で歩けるように馬の形になったのです。でも、ウサギが泳ごうとしないのは変わらず、それどころか犬まで増えている始末です。猫の手も借りたい気持ちなのです」

「あら、ご氏名よダイナ。豚さんみたいに真珠を取ってきたら?今なら水がなくて取りやすいわよ」

「何言っているにゃ。川に真珠が取れる貝なんていないにゃ」

「じゃあさっきはなんだったのよ? 川に沈めるわよ」

「沈める川がないから困っているのにゃ。それに今回は真珠も大判小判もいらないにゃ」

 ダイナはにやりと口角を上げて抜き足差し足忍び足でウサギさんと犬さんの後ろに忍び寄る。

「くらえにゃ!」

何とダイナは二匹に体当たり、ウサギさんはドボンと川に落ちた。でも、大判小判を持っている犬さんは重たかったようで、跳ね飛ばされ犬さんの上を越えて川に一直線。もう色々とパニック。

ウサギさんは川に流され上にダイナがお腹に降ってくる。その衝撃にお腹の水をダイナに大噴射。犬さんも川に落ちこそしなかったけれど、びっくりしたことには違いなく、ちょうど目の前に落ちてきたダイナにまたもや水を大噴射。そしてダイナとついでに馬さんを巻き込んで、大量の水が流れていく。流される馬さんの「川に戻る準備を忘れていた」という声が聞こえて、ダイナは青錆色の毛並みすら見えない。多少氾濫気味だけど川が元に戻った。

私がしたことといえば、緑色の天を仰いで現実逃避しただけ。

夢だけれど。

 夢が終わる。




 夢が始まる。

 ネオン街というのかしら。真っ暗な空にすら光が届くほどに明るい街並みが広がっている。最初なんて昼間かと思ったくらい。でもお空にはきれいな満月。いや、少し欠けているかしら?

「グースカ、ピースカ。馬刺し!」

 なんともだらしない寝言を言うダイナ。夢の中でも眠るなんてなんとも猫らしいこと。

「ほら、起きなさい。【猫踏んじゃった】するわよ」

……。うんともすんとも言わない。いつもならこれで、シャンパンのコルクみたいに飛び上がるのに。

「よいしょっと」

 ダイナを抱え上げてネオン街をぶらりと散歩をする。今回の夢は一人きりでとっても暇。

「レドファラ(ファ)ーラ(ファ)レドファラ(ファ)ーラ(ファ)レドファラ(ファ)レラ(ファ)ドシ(ミ)シ(ミ)ー」

 さすがに都会はおかしなところばかり、理解の及ばない配色のセンスをしたネオンや、他にもいろんなものが大きい。建物はどれも首が痛くなるくらいに高く。看板や窓なんかも非常に大きい。ドアなんて開けるのに苦労しそうなくらい。でも大半は自動だし、たまに手動があっても都会の人たちはいとも簡単に開けている。

 なんたって都会の人たちも大きいから。私の頭がだいたい膝辺りの高さまでしかない。私は発育のいいほうではないけれど、それに比べても都会の人たちは発育がいい。きっといいものを食べているのね。ダイナなんてネズミにしか見えないに違いない、寝ずみ(ネズミ)ではなく寝る(ネル)み(ミ)だけれど。

 ずっとダイナを抱えているからか、鼻歌を歌っていたからかお腹がすいてきた。お上りさんみたいなキョロキョロから、迷子みたいなキョロキョロに変更。どこかにお店があるといいのだけれど。

 いくらか探しているけれど、ろくな店どころかろくでもない店すらない。飲食店の類が一つとしてない。

 そんな私を気に掛けてか、一人の男性が声をかけてくれた。

「お嬢さんどうしたの、そんな不安そうな顔をして。迷子?」

「違うわ。ちょっとお腹が空いてお店を探しているの」

男性は膝を地面につけて視線を合わせる。まだ男性の視点のほうが高い。

「おじさまはどこにあるかご存知?」

「おじさま……様付けはありがたいのだけれど年寄り扱いは悲しいな。まだ二〇代なのだけれど。できればセントラルと呼んでほしいな」

「わかったわ。私のことはお嬢さんのままでいいわよ、セントラルさん。それでどうなの? どこかご存知?」

「うーん、食べるとこだよね。ちょっと困ったな」

「あなたも知らないの?それでは一体どこにあるのかしら」

「ああいや、この街に飲食店はすべて記憶しているよ。ただ問題があってね」

「問題?」

「うん、この街には一軒も飲食店はないのさ」

「そうなの。なんて不便なことなのかしら。この都会の人たち、困りはしないのかしら?」

「それはもちろん、困りはしないからこの街に住んでいるのさ。僕を含めてね」

「でも、お食事をするときはどうするのかしら?」と、質問をするとセントラルさんは困り顔になる。ずっと困り顔の様な気もするけれど。

「あーそうだね……じゃあ、そもそもなんで食事をするのかわかるかい?」

「それはもちろん、お腹がすくからに決まっているわ」突然バカにされて、ムッとする。

「そうだね。では、どんな時にお腹がすくかな?」

「どんな時? 朝と昼と夜が来ればお腹がすくわ」

「大正解! そうだね、時間がたてばお腹がすく。でも時間が進まなかったらお腹はすかない」

「この街は時間が進まないのということなの? へんてこね」

「そう、ここではずっと真夜中。その証拠にほら」と、懐から懐中時計を三つもとりだした。

「どれも0時0分0秒で止まっている。これは曽祖父からのプレゼントでね、もう100年も動いてない」

「そうなのね」とここでひらめき。

「随分と背の高い人ばかりだと思ったら、今は真夜中なのね。真夜中なら子供もご年配も眠っているわね」

「今も真夜中さ。この街に子供はお嬢さん一人だけだろうね」

そう言われて、何だか悪いことをした気持ち。でも空腹で、そんな気持ちもどこかに飛んで行っちゃう。いっそのことダイナでも食べてやりましょうか。ダイナをぎゅっと抱きしめると苦しげな顔をする。満足。

「飲食店に行きたいなら、朝か昼か夜の街に行かないといけないね」

「そんな街もあるのね」

「そりゃそうだ、地球は丸いのだから場所によって時間が変わる。地面を真下にほり続ければ、真昼の町につくよ」

「経度の話ね。嫌いな授業だったわ。自転みたいに目が回りそうになるから」

「公転みたいに回らないだけ優秀だよ」

「それより、朝の街にしても夜の街にしても遠いのでしょう」 

 私が尋ねたのに、セントラルさんはそっぽを向いて指をさす。

「あと五歩進めば、君の言う経度を越えて夜食の街につくよ」

 夢が終わる。




 夢が始まる。

 夜食の街をセントラルさんと、いまだに寝たままのダイナと私で散策中。夜食の街は真夜中の街と違い、お酒の臭いやタバコの匂い、その他もろもろの嫌な臭いがする。

「この街に来るといつも太ってしまうよ。なんせ常に夜食の時間だからね。常に飲み食いしないといけない。掃除したり食器を洗ったりする時間もない」

 私の三倍もの背丈をしたセントラルさんが話すときは、眠った時のクジラみたいにピンっと上を見ないといけないから大変。セントラルさんの頭上に、今度こそ欠けてない真ん丸お月様が見える。

「もしかして、月の形が変わるほど真夜中の街にいたの?」

「いいや、日付変更線を越えただけだよ。進まないのは日にちも一緒でね、明日にしたければ、地球をぐるりと一周して線を越えたら、また明日になる。昨日にしたければ、地球をぐるりと逆に一周して線を越えたら、昨日になる」

「一日越えるのも楽じゃないのね。それにしても、日付変更線っていうのはてっきり、海の上にあるものだと思っていたわ」

「そういう年もあったね。でも大陸も時間を進めたいみたいで、ここに来るごとに地形が変わっているよ」

 夜食の街は真夜中の街と対比して、基本的に一色。ピンク色のコンクリ壁に、ちょっと濁ったピンク色をした木製の家具。似たような色を灯す店の明かり。目がちかちかして仕方がない。

「居酒屋しか開いてないね。そういう街だから仕方がないのだけれど」

「もうどこだってよくてよ」

 いい加減お腹の限界がやってきそう。お腹と背中がくっつくまではいっていないでしょうけれど、きっとガラケーからスマートフォンくらいにまでに、薄くなっているに違いないわ。薄くなりきったら、今度は画面みたいに広がっていくのね。不便極まりないわ。

「そう、じゃああそこなんてどうだい?」

 セントラルさんの長い腕と指が指し示すほうには、大きな大きな居酒屋。都会の建物はどれも大きかったけれど、これは比べ物にならないくらいに大きい。もう一つのお城と名乗ってもいいかも。

「ここならお嬢さんのお口に合うものもあるかもね」

「私、好き嫌いはしないわよ」

「それはいいことだね」

お店の戸に近づくと、店員さんがご案内。いくつか下半身ほどの高さの敷居、手を借りながら越えて、席にたどり着く。

 居酒屋とはこういうものなのかカウンター席ばかり。テーブル席はいくつ三つだけ。この街には人当たりのいい人ばかりなのね。じゃないと同じ机――カウンターだけど――でご飯なんてなかなかできない。

 隣の方に挨拶してから「よいしょ」と背丈ほどの椅子に飛び乗る。けれど、座ってしまうと机が見えなくなる。仕方がないから、椅子に立ってお食事。どうして立ち食いなんてするのかと疑問だったけれど、背が足りなかったのね。

 邪魔なダイナを机の上にほっぽり出して、メニューを見ると、頼んでもいないのにもう料理が来た。大きなお皿に切り刻まれた野菜が盛り付けられている。

居酒屋はもっと好き好きにするものだと思っていたけれど、レストランのコースとそう変わらないのね。じゃあ次はスープが来るのね。

大きなお箸に四苦八苦しながら前菜を食べる。結構な量だからお腹がいっぱいになるかもと思ったら、どんどん入る。

「よく食べるね、お嬢さん」

「ええ、今ならフルコース数人前も軽くいけるわ」

「あまり食べ過ぎないでね」

 セントラルさんは微笑んで顔を近づける。

「あまり食べ過ぎないようにね。この街では永遠に食べ続けられちゃうから」

 セントラルさんの前には、空っぽのグラスとお皿が置いてあるけれど、更に食べようとはしない。

「僕もこれ以上いたら、抜けられなくなりそうだから。はい」

 一枚のお冊を残してセントラルさんは立ち去ってしまった。

はてと、当然知らないところでまた一人。ダイナもいるけれど。

「あれ、ダイナ?」

 気がつけば、机の上に置いておいたダイナがいなくなっている。キョロキョロと店内を探すけれど、目につくのはいろいろな服を着た風船達だけ。

 いや、風船だと思ったら太りに太った人間だった。ただですら大きいここの人たちがでっぷりと太っていると、威圧感がとってもすごい。食事に夢中で気付かなかったけれど、隣の方もなかなかの恰幅。

「もし? ここにいた青錆色した猫をご存知?」

 隣の方にダイナの行方を尋ねるけれども、返事をすることもなくお食事を続けている。

「無視はさすがに失礼じゃなくて?」

「……」

「そんなに勢いよく食べ続けていたら、この店の料理が全部なくなってしまうわよ」

 そんなことを言っていたら、隣の方の後ろに店員さんが立っていた。店員さんは何倍もの対格差の隣の方を軽々と持ち上げて、お店の裏に引っ込んでいった。

「どうしたのかしら? もしかして食材がなくなったから、隣の方を食材にしに行ったのかしら?」

 なんて冗談を言ったものの、何だか現実のものになりそう。夢の中だけど。もしかしてダイナも?

 夢が終わる。




 夢が始まる。




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