第3話 手当

「すまん、帰った・・・」

 ぜいぜいと息を荒げて山の中の自宅の戸を開ける。

 鍛えて居る心算(つもり)の身体で、軽いともいえる少女を抱えて、通常歩きで半日がかりの道のりを1時間程度で走破して帰って来たのだ、少々情けないが息が上がる程度は許してほしい。

 妻のティシャは椅子に座って本を読んでいた手を止めて、顔を上げて立ち上がった。

 朝見た時と変わらない、奇麗な銀の髪がさらさらと揺れる。

「どうしたのアイン? 早いじゃない? ん? どうしたのこの娘?」

 どうやら、出迎えてくれた妻は何か違和感が有る事に気が付いたらしい。

「里の方で傭兵だか野盗が略奪の上虐殺しててな、その娘だけしか生き残って居るのを見つけられなかった」

 気を失ったこの娘を背中に担いで、一度村の中を見て回ったのだが、生き残りは見つからなかった、もしかしたら探せば居るのかもしれないが、手から零れ落ちた分を全て救えるだなんて思い上がっては居ない。其処等は運が悪かったと思って諦めて欲しい。

 気絶したままの少女を優しく寝台替わりの作業台に寝かせる。

「魔力持ちかあ、まあ、人里に居ちゃ困るよね・・・」

 説明する必要も無く妻は分かってくれたらしい、少女の頬を軽く撫で、少し遠い目をして納得する。

「傷も酷いから、早めに手当てをしてくれ」

 自分がそんな事を言う前に、妻は雑に巻かれた包帯を解き始めた。

「確かに、この程度の手当てじゃあ、指落ちちゃうねえ・・・」

 傷を確認して妻が顔をしかめる。

「すまんね、雑で・・・・」

 正直、こう言った手当は苦手だ。この場合、傷を消毒して縫えば良いと言われるが、下手に手を出すと悪化させそうで止血しか出来なかった。

「まあ、貴方が下手に弄るよりは素直に私に頼った方が良いのは確かね」

 面倒事を持ち込んだ俺に対して、妻は責める様子も無く、少し困った様子だが、手際良く準備を始めた。

「傷口洗うのと、消毒用にお湯沸かしてきて」

「はいよ」

 集中を始めた妻の目付きが変わる、こうなったら自分は下働きの雑用をするだけだ。


「気絶してるから麻酔の必要無いのは救いね?」

 何気に怖い事を言いながら針と糸で傷口を縫いつけて居る。

「麻酔使うと治りが悪いってか?」

「薬は毒でも有るからね、余計に使うと、そっちの処理で無駄に体力使っちゃうの」

「なるほど・・・」

 妻は薬師として医者の真似事もしているので、こう言った物はお手の物だ。


「これで一先ず終わりかしら?」

 妻が手を止め、ふう、と、ため息を付き、首と肩を回して解し始める。

「お疲れ様・・・」

 妻の背後に回ると、自然な様子で後ろも見ずに、ふらりと此方に向けて倒れ込んで来た。

 危なげ無く受け止める。こう言った時の呼吸はお約束なので、自分が受け止めないと受け身も取れ無さそうな酷い倒れ方をする、万一にも受け止め損ねると暫く機嫌が悪くなるので、内心必死に受け止めて居たりする。

 一種の甘えたがりのアピールなのだと言うが、口で言えば十分だと言うのに・・・

「疲れた、甘やかして?」

「はいはい、喜んで」

 苦笑して支え方を変えて、抱き締める。

「大体繋げた、後は本人の体力次第」

「動きそうか?」

「まあ、其処等はこの子の体力と努力次第ね・・・」

 少し顔を曇らせる。

「何か問題でも?」

「体力と言うか、魔力すっからかんなのよね」

「となると?」

「私みたいに龍脈、地脈に魔力接続しちゃえば回復早いんだけど、自力で空っぽの魔力埋め合わせるとかなりかかるから、どうやら、魔女としての教育はされてないのね、自分でこの地脈の精霊と契約するのは意識が無いと出来ないから、傷の自己治癒も、ちょっと時間かかるわね」

 困り顔で説明する。

「魔力持ちは傷の治りが速いんじゃないのか?」

 思わずの疑問を口にする。

「魔力持ちは、普通の動きとか傷の回復も無意識に魔力使ってるから、魔力抜いちゃうと普通の人より弱くなっちゃうの」

 ティシャは困り顔で説明する。

「強い訳じゃ無いのか・・・・」

「私だって強い訳じゃ無いわよ?」

 少しジト目で此方を見て来る。

 強い強くない以前に、自分とティシャは力関係が一蓮托生なので、余りこの問答は意味が無いが。

「魔力が回復する迄は多分起き上がれないと言うか、意識も戻らなそうね、私の方から多少は流せるから、暫く其れで誤魔化すか・・・」

「魔力大量に流し込んで回復とかできないのか?」

「そんな都合の良い物無いの、普通の人間の血液と同じ、人の血液流し込んでも上手く馴染むのはほんの一部、馴染んでも、そのまま使えるかって言うと、表面的に仲良くしてても、身体の中で喧嘩して直ぐに使えなくなっちゃうの」

「血を流し込むなんてそんな事出来るのか?」

 聞き覚えがない。

「昔は外の医者もやってたんだけど、やりかた知ってる医者が居なくなったというか、教義的に禁止されたから、下手に目立つと異端審問官飛んでくるわよ」

 少し呆れた様子で説明してくれる。やっぱり外は物騒だ・・・・

 そして外で買い出ししている自分より、家で引きこもっている妻の方が物知りなのはどういうことか・・・

「俺のは?」

「貴方のは一寸特殊、契約して魔力混ぜて共有するのは私の一族の秘術の類で、再契約も変更も出来ないんだから・・・」

 含みを持たせて言われる、何だか惚気られている気に成る。

「惚気てるのよ、因みに、回復魔法何て都合の良い物無いからね?」

 言葉にする前に先回りされる。

「無いのか?」

「無いの、だから薬師なんてやってるの」

 そんな物らしい。

「疲れた、寝る・・・」

 返事をする前に、腕の中でティシャは目を閉じて寝息を立て始めた。

「おつかれ、お休み・・・」

 苦笑して返す。

 さて、起こさないように注意して寝室まで運んで、自分も寝てしまおうか・・・

 その前に、この少女の寝台も準備しなければ、毛布賭けておくだけで良いかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る