第9話 少女を盗んで走り出せ

 白髪赤眼の少女を横抱きに抱えて夜の路地裏を走り出す、後ろには昔の同僚たちの正規兵、もう同類だとは思いたくは無いが・・・

 足には自信が有るが、少女を抱えたまま逃げ切れるかどうかはかなり怪しい、そんな後ろ向きの想像を、思考の片隅に追いやり、少女の指示に合わせて足を動かす。

「俺の名前はアイン、君の名前は?」

 余計な事を考えないように、走りながら余計な事を言う。

「こんな時に?」

「こんな時だからこそ、だよ・・・」

「レティシャで、ティシャ・・」

「良い名前だ・・・」

 こんな時だと言うのに、自分の口元に笑みが浮かぶ。

「良いの? 私助けたら、この町に居場所無いよ?」

「良いんだよ、あんな獣以下、もう人間と思わない」

 アレの同類だとは思われたくない。

「あり・・がとう・・・・」

 困り気味に目を伏せる、只々可愛らしかった、この少女の為なら彼奴等は全て敵に回してしまって構わない。

 少女が最初に出会った時の一目惚れは勘違いだと言うが、其れならば自分は勘違いしたままで構わない。

 親父が村に出て来る時に、「一目惚れしたら絶対逃がすな、何が有ろうと絶対後悔するから」と、妙に力強く念押しされながら送り出された事を思い出す、嫁探しに街に行きたいのだと思われて居たらしい、現状其れは間違いでは無かったが、思った以上に大変な嫁候補だった。

 追手から放たれる矢が、着込んでいる革鎧の隙間に矢が刺さるが、少女に刺さるよりはマシだ。

 鎧で急所は守られて居るので、ヤバい所には刺さらない、成程、着て置く物だ。

 自分の傷は意に介さず、只只管(ただひたすら)に足を動かす。

「我、アインは、汝、ティシャの剣と成り盾と成り、貴方に降りかかる全ての悪意から守る事を誓おう」

 不意に頭に浮かんだ誓いの言葉を口にする、昼間に入団式で唱和したあの言葉の捩りだが、アレと違って之は本心だ。

「え?」

 ティシャの顔に戸惑いの表情が浮かぶ。

「今思い付いた、受けてくれるか?」

「逃げきれたら・・・お願いします・・・」

「其れだけ聞ければ十分だ」

 其の揺れる瞳に拒絶の意志は写って居ない、どうやらこれだけして振られはしない様なので安心した。


 段々と追跡者と矢の数が増えて行くが、今の所足を止めなければそのまま逃げられるだろう、段々と街並みがまばらに成り、町外れの寂しい一角、共同墓地に到着した、之でゴールかと思わず気が緩み、今まで走っていた足が止まる。

 その瞬間を待って居たとばかりに、矢が飛んできて、背中に突き刺さった。

 その衝撃で、少女を抱えたまま地面に倒れ込んだ。


 少女視点

 改めて名前を聞かれたので、名乗る、私の名前はティシャ、少年の名前はアイン、こんな時に? と思ったが、話しながらでもアインは速度が落ちない、想像以上に力強く抱えてくれて居た。

 私に手を貸したら、この町に居場所が無くなると言っても、その様子に迷いは見られない。

 え? 騎士の誓い? 私なんかの為にそんな事を言って良いの? 咄嗟に答えるには語彙力が足りなかったので、少しだけ保留させて欲しい。


 そして、何時の間にかアインの言葉が少なくなり、其れでも足は止まらず、私が行先を指定した共同墓地に辿り着いた所で、私を下敷きにして倒れ込んだ、何事かと思い、下敷き状態から這い出て、アインの背中を見ると、無数の矢が刺さり、ハリネズミの様に成って居た・・・・

 え・・・・・・

 其の倒れた背中の向こうに、追いかけて来ていた兵達が見えた、一様に下種びた笑みを浮かべて居た・・・・

「ゴメン、にげて・・・」

 アインがもう力が入らないと言った様子の声を上げる。

「全く、魔女が手間取らせやがって、大人しく捕まってればそいつも死ななかっただろうに・・・」

 昼間の暴漢じみた男が苦笑を浮かべて此方に来る、何時の間にか空は白み、明るく成って居た。

「俺は良いからにげ・・・」

 置いて行けと繰り返すアイン、まったく・・・

「もう、此処迄来たら、最後まで付き合いなさいよ」

 私の騎士なのでしょう?

 と言う後半の言葉を飲み込み、膝枕に近い体勢でアインの頭を抱え込む、後先考えずにアインの背中に刺さっている矢を一本引き抜いた。

 アインがうめき声を上げる。まだ生きているなら問題無い。

「その死に賭けの手当なんてしてどうするつもりだ?」

 兵達はにやにやと笑いながらじりじりと距離を詰める、其れなりに警戒してくれて居るらしい、少しでも時間が有るのが有難い。

 彼奴等には私がもう手詰まりで、守ってくれて居た彼に半狂乱で縋り付いて居る様に見えるのだろう。そして、本物の魔女と言う物も見た事が無いのだろう、冤罪で噂に上がった者を魔女として異端審問官に引き渡して報奨金を稼いでいるだけなのだろう。

 只の力の弱い女を魔女とでっち上げ、娯楽の一種として火あぶりにして悦に入って居たのだろう。

 良いだろう、私が本物の魔女だ、見せてやる。

 半狂乱の演技で、牽き抜いた矢の鏃を舐めて付いて居た血を飲み込み、彼の血を私の中に取り込む、同時に少しだけ自分の舌に傷をつけて、血を流す、口の中に血の味が広がった。

「我、ティシャは、汝、アインと共に歩む、この命尽きる迄・・・・」

 之は呪文でも何でもない、只の先程言われた騎士の誓いの返答だ、そもそも私の使える魔法は血に宿って居るだけで、呪文は必要無い。

 アインの顔を上げ、口づけをして、口の中に有る自分の血を彼の中に流し込む、驚いたようだが、喉が動く、どうやら飲み込んでくれた様だ。

 之で表の儀式は終わり、さあ、起きなさい。

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