第7話 闇夜を進む
「よう嬢ちゃん、表が大分騒がしかったが、大丈夫か?」
何時もの店に入ると、何時もの気の良い髭の御爺さん店主が苦笑い付きで迎えてくれた。
「ちょっと追いかけられた、撒いて来たから大丈夫の筈・・・」
保証は出来ないのが辛い所だ・・・・
ちょっと珍しい人に助けられたけど、万一の時もあの人は私の顔以外知らないのだから、下手な事は無い筈だ。
求婚されたのはちょっと意外だが、多分運動後の心臓の高鳴りを恋のトキメキと勘違いして居るのだろう、麻疹みたいな物だ、暫くして落ち着いたら何であんな事をとのたうち回る事だろう、落ち着いた後でもう一度来たら真面目に答えなくてはならないだろうけど。
「それじゃあ、ほとぼり冷める迄一晩位泊まっとけ、明日の明け方当たりならあいつ等も大人しくなるはずだ」
「出来れば早く帰りたいんだけど・・・」
こういう事は良くあるので世話に成る事自体は問題は無いのだが、体調を崩し気味の両親の事が気に成る。
「良いから落ち着け、こっちも物を揃える手間が有るからな」
ほら、買い物のメモを寄越せと手を出して来るので、父から預かって来たメモを渡す、メモには薬だけとは言わず、野菜や肉、其の他の生活必需品も含まれている、当然この店だけで揃う物では無いので、少々足労願う事に成る。
「ちょっと仕入れてくる、嬢ちゃんの話相手でもしてやってくれ」
「はいはい、良く来たねえ」
爺様が奥に声をかけると、何時もの御婆様が出て来た、入れ替わりに爺様が表に出て行く。
結構歳が行って居る筈なのに、矍鑠(かくしゃく)したものだ。
薬師の御婆さんと言うだけで下手に外に出れないので、このおばあさんも立場は似た様な物だ。
「すいません、お世話に成ります」
ぺこりと頭を下げる。
「気にせんでいいよ、さて、今日はカツミレの根の精製を手伝ってもらおうかな?」
「はい、お手伝いします」
待ち時間は一寸した薬の精製や、御飯の手伝いをするのがお約束に成って居る、結構勉強にもなって楽しいのだ。
結局、早目に眠らせてもらって、日が登る直前にこっそり防壁の穴を抜ける事にした。
路地裏のスラム街の端っこには、正規兵にまだ見つかって居ない穴があるので、其れを利用する、表の正規ルートでは賄賂を使っても、念の為と言われて顔を見られた時点でバレてしまうので命がいくつあっても足りない、私は未だ魔女では無いのだが、見た目で目立った時点で魔女扱いされて異端審問送りなのは確定事項だ、実際先程魔女扱いで捕まりそうになった、今更思い出しても震えが来る。
魔女裁判は絶対に無罪放免が存在しない、例えば全身を針で何か所も刺して血が出なかったら魔女、針を刺しても血が出ない場所何て幾らでも有る。鎖と重りで縛り付けて、川に投げ込んで沈んだら魔女、その条件で沈まない人間が居るとでも? 火あぶりにして火傷したら神の加護が無いので魔女、焼けない人間を読んで来い・・・
他にも猫を飼って居たら魔女、黒子が有ったら魔女、目立つ傷跡が有ったら魔女等々。後は名状しがたい拷問で認める迄終わらない。極論、あの人が私に一目惚れした事で魅了の魔術を使ったと証言されたら終わりだ。人生厳しいにも程が有る。
認めないで途中で死んだとしても、審問官に罪は無い扱いだ、因みに、私がこんなに詳しい理由は、昔逃げて来た娘を父が看病した事が有るので、拷問後の実物を見た事が有るのだ、絶対にああなりたくはない・・・・
そんな訳で、何時もの様に夜警の兵士が眠りこけて動いて無い時間を狙って町を出ようと、未だ暗い路地裏を進み、穴の有る辺りに差し掛かった所で、変な違和感を感じた、本能の囁きに従って踵を返して走り出す。
「気付かれたぞ! 下手糞!」
抜けようとした穴の辺りから、人の声が聞こえた、昼間にも聞いた声だった。
闇夜の中を走り抜ける、本能と知識を総動員して逃げ道を探す、迷惑をかけてしまうので匿ってもらう訳には行かない、他の出口はこの流れだと恐らく塞がれて居る。
つまりこの狭い壁の中で逃げて隠れてやり過ごせと?
手詰りを感じるが、諦めて死を選ぶほど達観して居ない。
自分でも部の悪い賭けだと思うが、逃げ道が全て無い訳じゃ無い。
塞がれたこのルートは比較的知っている人が多かった、共同墓地の地下通路辺りなら使って居る人を見た事の無いルートだ、匂いも酷いので町に入る時には使えないルートで、私もあまり使いたくないが、背に腹は代えられない。
ちょっと遠いのが難点だが・・・
気付かれないように、撒ける様にと暗闇をあっちこっちに駆け回る、直進ルートでは先回りされるので
ひゅん
一瞬音が響いた。
次の一歩を踏み出そうとした所で、足がもつれて石畳に倒れ込む。
何事かと足元を確認すると、ふくらはぎの辺りに矢が生えていた。
そんな患者は良く見るが、自分の足に唐突に生えられると困る。
内心そんな現実逃避をしながら横に転がるように物陰に隠れる。
ひゅんひゅんと矢が飛んで来る音がする。
最終的に民衆の不満を誤魔化すために大々的に大衆の前で生きたまま火あぶりがお約束だろう、先に殺して如何するつもりだ?
最悪死んで居なければ問題無いとか言うつもりだろうか?
実際問題無いのだろうが、暗闇で禄に狙いもせずに打たれたら何処に当たるか判らないだろうに・・・・
暗闇の中にきらりと光る物を見た気がした。
「止めろ!」
仲間割れなのか、鈍い音が響いて、一方が倒れ込む。
「何やってんだこの馬鹿!」
言い争って居る声が聞こえる、矢張りこのやり方は不本意なのだろうか?
何処かで聞いた声の様な気もするが・・・
確認する余裕はない、少しでも逃げたい。
でもその前に物陰を移動した後で応急措置。
刺さったままの矢を、歯を食いしばって刺さったまま固定してテコの原理でへし折る、布で残った矢事グルグル巻きにする。咄嗟に抜くと傷が大きく成るし、しっぽを付けたままでは振動で傷が大きくなるのだ。
こう言った処置自体は成れているが、自分の身体でやる羽目に成るとは思わなかった・・・
痛くて泣きたいが、死にたくは無いので。
「無事か?」
場違いな優しい声が響いた。思わずびくりと身体を震わせる、処置に手間取って追い付かれたらしい。
「え?」
予想外の言葉に、此方の言葉が出て来ない。
「ほら、逃げるぞ」
次の瞬間、不意に抱き上げられた。
?!
「やあ、昼間振り」
場違いな軽い声が響いた。
「なん・・・で・・?」
思わすかすれた声を上げる。
「何処か逃げる宛有る?」
意外と冷静な声で私の疑問の声を遮る。
「あっち、共同墓地の辺り・・・」
「遠いの?」
「かなり・・・」
本当に町外れの辺りだ。
「分かった、指示頼む」
その人は、私を抱えたまま未だ暗い路地裏を走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます