「おう練習出ろや!」
教室は一瞬だけ静まり、すぐに元の賑わいが戻った。
「もう終わっただろ」
「不完全燃焼だからどっか場所探して
Ba.がどうでもよさそうに説明する。Dr.も似たような顔。
「スマホも返事せんしどないなっとんや! どうせ彼女のせいやろ!? 付き合ってからどんどんおかしくなってったし!」
「もう別れたよ。あいつ、確かに毎日ショボくなってったけど最後は東京行っちゃったから」
「い、そうなん!?」
怒りを忘れてVo.は目を丸くした。
「ウチはてっきり、ショボくれてったのは君の方かと」
「……は?」
「そうそう、何かずっと表情暗くなってったし」
「背中
Ba.とDr.が何か言うのも碌に耳に入らない。
心臓がドクドク鳴る。
「俺が、どうして?」
「だから女の影響やろ。えげつなかったで、いつも指先を赤くして、唇を白く引き結んで、げっそりしてくの」
「……でも俺はあいつの意志を尊重したかった。みんなもそう望んでいた」
「何言うてん? これは君の話やぞ、散々振り回されて泣き言一つできん君の」
「俺は、でも、これで上手く行くんだ。うちのクラスを見ろ」
騒ぐ俺達を他所にクラスの連中はいつも通り飯を食べ、スマホに向かい、雑談。
呆れ返ったVo.が溜め息を吐く。
「だからこいつらやなくて――」
「でも俺は! あいつを傷付けたくなくて、俺は、親父みたいには……」
「君は一体何と戦ってるんや。そんなボロボロになって、そこまでするほど好きな相手だったん?」
「え……」
俺は。
俺は。
俺は、まさか。
「俺は、シミズレイネが好きだったのか?」
Vo.は呆れ顔をすっと作り替え、試すように俺に微笑む。
「だったらどうするんや?」
俺は、
迷わず教室を飛び出し、
「二階やぞ!?」
とVo.が叫ぶのも構わず窓から飛び降りた。
外は厚い雲に覆われ、七月も半ばだと言うのにぬぼっと生暖かい。
「痛っ!!」
中庭のレンガは硬いが、骨が折れる程じゃなかった。
俺はよろよろと立ち上がると、中央辺りにある、何か卒業生の作った金属製の歪んだドーナツみたいなデカいオブジェによじ登る。
その
「レイネ! レイネ! やり直そう! こんなんじゃ終われない!」
何度も何度も叫ぶ。
校舎の窓にはクラスの連中はもちろん全校の生徒が集まり、俺をぐるっと囲んで見物人だ。教務室から飛び出してきた教師は二人、バンドの奴らに羽交い絞めにされている。
「レイネ! 戻ってきてくれ! もう大丈夫だから!」
アハハ、とあちこちから小さな笑い声。
俺はその笑った誰も彼もに向かって怒鳴る。
「俺はお前らみたいに、親父みたいにはならない! 失われていくものに仕方ないと卑屈に笑い目を背け、おかしいと声を上げない。それがどれだけ大事だったのか考えもしない。俺は違う。お前ら本当はシミズレイネの泣きボクロが飛んで行ったのに気付いていたはずだ! それなのに見ようともしなかった。俺は違う! 俺は……俺は!!」
俺は思いっきり拳を振り上げ、空にパンチした!
ガウゥーン!!
一面に広がる金床雲がぐらぐら揺れて、黒い雨が降り出す。
物凄い勢いで植木からベンチから真っ黒に染まった。
ザーザー土砂降りのその一粒一粒は全部ホクロ。
誰かが誰かに望まれて削られてきた全ては空に蓄えられていたのだ。
「そんなんで騙されるかボケ!」
俺の求めるものは一つだけ。
ずぶ濡れで黒くなりながらそれを掴み取る。
「あー見つかっちゃった」
間違いなくシミズレイネの声。
顔を上げても姿はない。
そうか、削りすぎて見えなくなってしまったのか。
「レイネ。あ、いやシミズ……いや、シミズさん」
「何?」
俺は握った左手を掲げる。
「好きだ。でも、泣きボクロがある方が好きだった」
失望混じりの静かな吐息。
「好きじゃなかったよ。サパタ君も、自分のホクロも」
「わかってる。それでも伝えないといけない。長い黒髪が好きで、バシッと着こなしたブレザーが好きで、授業中どんな難問でも答えられるのが好きで、誰にでも優しいのが好きで――」
俺は彼女の好きだったところを全部列挙した。
「やっぱり何もわかってない。好きなのは誰からも嫌われないことだけ。だからこの姿は最適化の結果。削り切った今が一番美しい」
「わかるよ、その姿も好きだ」
「嘘、何も見えない癖に!」
拳の中で暴れるそれをそっと放す。
「そうだ、でも、俺はずっと君を見てきた。削られていくシミズさんを見て俺もどんどん削られていった。すり減って日常に溶かされていくようで恐ろしかった。多分、他のみんなも本当はそうだったんだと思う」
「……」
「この世界で生きている限り俺達は得たり失ったりしないといけない。でも全ての得失は表裏一体じゃないんだ。シミズさんが失うことは俺も失うことだった。だからこれは俺の問題でもある」
「……そうだとして君に何ができるの?」
「俺が怒りを言葉にできず空を殴りつけたように、シミズさんにも言い知れぬ苦痛や孤独を分かち合う相手が要る。仲間、家族、恋人じゃなくてもいい。俺はそれになりたい」
ポトリ。
開かれた左掌に落ちた雨粒が肌になじみ、大きなホクロになった。
十七秒の静寂。
「……本当に、いいの? それが君である必要はないけど」
茶化すような声に俺はほっとする。
「いい、俺じゃなくても。変わる君の全てを好きでいると決めたから。シミズさんだけが失う必要は無いんだ。……そうだろ、みんな!」
俺はどこへともなく呼びかけたが、返事は無い。
しかし、ホクロの雨は止む。
世界中の誰かが引き受けてくれたんだろう。
雲はあっという間に消え、星が見えそうなほど澄んだ青空が現れる。
オブジェから降りた俺にギターが投げ渡された。
「観客もいるし絶好のライブ日和や!」
と、VサインのVo.。
その後ろにBa.とDr.がマイクやアンプやら運んでくるのが見える。
おいおい、本気かよ。
教師や生徒達はもうお手上げと言った表情だ。
「実は俺、我流なんだ。おかしいって笑われないか心配」
ギターを弄りながら俺は脇に向かって告げる。
「誰も気にしないよ、バンドの構成の方がおかしいから」
彼女は泣きボクロのある苦笑いで答えた。
学校一の美少女が美味しくなって新登場なんだが!? しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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