第4話 飼育小屋
「クニジマ君も動物が好きなんだね」
「ああ、……うん、そうだよ。……ミチサキも好きなんだね。いきなり立候補するもんだから驚いたよ」
「うん、本当はすぐに手を挙げたかったけど緊張して……。でも良かった、飼育係になれて。ずっと憧れていたんだ」
六年で飼育係になれることをミチサキは知っていたようだ。動物が好きだと言う彼女に対し、僕のミチサキに対する好感がさらに上がる。
「私の家は動物が飼えないから……。お母さんが嫌がるの」
「そうかあ。じ、実は俺もなんだ。母さんが嫌がって飼えないんだよ。『どうせ私が散歩へ連れて行くことになるんでしょ!』だって。そんなことにはならないって言っているのにさ」
嘘ではない。何年か前に、偶々立ち寄ったペットショップの犬を見て「この犬が飼いたい!」って言ったら、母にそう言われたのだ。今思えば、母の言う通りになっていたに違いない。母は僕の性格を知っているのだ。僕は飽き性で、最後まで何かをやり遂げたことが無い。もしあの時犬を飼っていたなら、僕は何度散歩へ連れて行ったのか。……とにかく、僕の言葉で笑った彼女のお蔭で気分が高揚し、密かに母に礼を言った。
「お母さんって、みんなそう言うのよね。もっと自分の子供を信用したらいいのに……。とにかく、私たちは似た者同士ね。これからも宜しく」
「うん、よろしく」
ミチサキの笑顔で、心を乱され棒読みになる。彼女に変に思われていないか心配したが大丈夫のようだ。
今僕たちは、中庭にある飼育小屋へと向かっていた。飼育係に任命され、さっそく放課後から飼育小屋の掃除をすることになったのは面倒だが、こうやって二人きりになれたことを考えると、我慢して飼育係になったことは良い選択だった。
彼女との会話は本当に楽しくて、気付けば飼育小屋にたどり着いていた。ミチサキには絶対に言えないが、僕は六年間学校に通っているにもかかわらず、今、飼育小屋を初めて見る。
目の前にある飼育小屋は、教室の半分程の広さがあり、扉を開いてすぐに、六つのケージが三個ずつ重ねられて二列で並んでいた。それ以外は運動スペースとなっていて、外部からの侵入を防ぐため、外側は金網に囲まれ、天井部は緑色の丈夫そうな網で覆われていた。
そこは思ったよりも綺麗で、臭いもそこまでは酷くなかった。正直安心した。今までの飼育係が皆、丁寧に掃除していたのだろう。顔も知らない先人たちに、僕は感謝する。だが同時に、自分も同じように掃除できるのか不安にもなった。よく見ると、動物たちを囲んでいる金網の柵も、錆があまり見られない。雨が降った後に、タオルか何かで、水気を丁寧に拭き取っていたのだろうか? さすがにこれはやり過ぎであると、思わずにはいられない。
「思ったよりも綺麗だね」
ミチサキの心情が知りたかった。実に情けないが、この危機感を共に感じて欲しかったのだ。
「まだ飼育小屋が建てられてから半年ぐらいだからね」
え? 半年? この小屋は最近建てられたのか? と、聞きたかったが聞けない。ミチサキに、僕が本当は動物が好きでないことに気付かれてしまう。それはともかく、異常な小屋掃除をさせられなくて済んだことに安堵した。
「去年の六年生たちが、校長に直訴したらしいよ。六年生全員の署名も集めたんだって、凄いよね。クニジマ君、その話知ってた?」
「……知らなかった」
署名を集めるだけで実現するのなら、飼育小屋よりももっと必要な物があるだろうに。去年の六年生たちは変わり者が多かったのか?
「じゃあ、そろそろ掃除を始めましょうか」
「そうだね」
僕たちは備えつきの長靴を履いて小屋の中に入り、三匹のウサギと、三羽の鶏を掴まえて、それぞれのケージへ一旦閉じ込めた。それから小屋内の掃除をした後、またもやケージから全ての動物を放ち、最後にケージ内の掃除をしてから、餌と水を新しいものに交換した。
「終わったね!」
「うん」
「お疲れ様! また明日、学校でね!」
一緒に下校するものと思っていたのに、ミチサキはそう言うと、いそいそと帰っていった。彼女を呼び止める勇気を持ち合わせていない僕は、寂しさを押し殺し、沈みかけた太陽によって引き伸ばされた彼女の影を静かに見送った。
飼逝係 暁の月 @akasaku
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