「いいね」の恐怖

イノベーションはストレンジャーのお仕事

「いいね」の恐怖

 ひとみは急いでいた。ATMで現金を引き出すのを忘れていた。しかも、所持金は給料日前で手持ちに\1,000くらいしかない。大人気の韓流スター「キム ムキムキ」の限定CDがどうしても欲しいし、もう枚数が無いと聞いていた。が、近くにコンビニや銀行がない。しかも今は20:00前で、お店自体が締まりそうだ。どうするか。

 すると、十二、三歳であろうか、まだ秋口だというのに随分厚着をした少年が佇んでいた。

 「お姉さん、お金無いの?」

 「何で分かったの?」

 「だって、店の前で考え事してるみたいだったから」

 「そうなの。限定のCDを買いたいんだけど、お金下せないし店が閉まり

 そうだし」

 「じゃぁ、ぼくが何とかしてあげようか」

 「なんとかって?お金貸してくれるってこと?」

 「そうだよ。幾らいるの?」

 「そうね、CD代金は大体高くても\5,000くらいだからそれでいいかな?」

 「CD買っちゃったらお金ないよね?」

 「仕方ないわ。何とかするけど。もっと貸してくれるの?」

 「いいよ」

 「幾らまでOKなの?」

 「幾らでもいいよ。その代わり『いいね』を返して欲しいんだ」

 「え、『いいね』でいいの?」

 「いいよ」

 「じゃぁ、欲しい服もあるしついでに買っていこうかな。うーん、合計で\30,000でいい?」

 その少年は、徐にお尻のポケットから蛇柄の長財布を取り出した。

 「はい、三万円」

 そう言って財布から一万円札三枚をひとみに手渡した。

 「じゃぁ、帰ったら『いいね』するね。君の名前は?FaceCookで検索するから」

 「『長財布』って検索すると出るよ。一週間後の20:00に此処へ来てね」

 「わかった。ありがとう」

 手を振りながらひとみはCDショップへと消えて行った。


 家に戻ったひとみは早速「FaceCook」で「長財布」と検索した。が、一向にヒットしない。平仮名、カタカナ、英文字で検索してもそう言ったページに辿り着かない。ひとみは「おかしいな」と思いながら、どうせ子供のやる事だと放置した。


 翌週の金曜日、ひとみはお金を拝借した「長財布」なる少年が指定した時間にCDショップの前で待っていた。すると、その少年は人混みの中から先週と同じ格好でやってきた。

 「ごめん、遅れちゃったね」

 「全然。あ、そんでFaceCook検索したけど出てこなかったわよ。だから『いいね』出来なかった。だから、はい。三万円」

 ひとみは茶色いお札を3枚、少年の前に差し出した。

 「お姉さん、なんか勘違いしてない?」

 「何を?三万円でいいんでしょ?違うの?」

 「ぼくは『いいね』で返してねって言ったはずだけど」

 「だから、『長財布』ってFaceCookで検索してもが出て来ないんだもの。仕方ないじゃない」

 「『いいね』ってぼくのの事だよ」

 「はぁ?何言ってんの?『いいね』ってSNSのやつじゃないの?」

 「ぼくは一言もそんなこと言ってないよ」

 「何言っちゃってんの?大人をなめるといい事無いわよ」

 「お姉さん、なめてなんていないよ。悪いけど先週のやり取りを携帯で録音しているんだ。証拠の為に」

 「じゃあ幾らなのよ」

 ひとみは、半ギレでその少年に詰め寄る。

 「うーん、じゃぁ3億円でいいや」

 「言わせておけば、このガキが!」

 そう啖呵を切ってひとみはその場から立ち去った。

 「だっていいねだもん」


 その翌日、河川敷に女性の変死体が発見されたとの報道があった。その変死体の顔は1万円札が3枚で顔が覆われたと報じられていた。

                             (おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「いいね」の恐怖 イノベーションはストレンジャーのお仕事 @t-satoh_20190317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画