最終話 バール、幸せを誓う。

「はい、バール」

「おう」


 差し出された皿を、真新しいテーブルに置こうとして少しばかり迷う。

 なにせ、もうテーブルの上は湯気の立つ料理が所狭しと並んでいて、いっぱいいっぱいだ。

 この余裕のなさは、俺の心を表わしているようだ。


「キッチン、どうだ?」

「うん。使いやすいよ。広いし、かまどが三つあるのは便利」


 エプロンを外しながら出てきたロニが笑う。

 座ったロニに、俺はとっておきの果実酒を注いで渡す。


「ありがと」

「おう。乾杯といこう」


 小さく杯を当てて、高い酒で喉を潤す。

 本当は大々的に人を招くべきなのだろうが、さすがに今日ばかりは二人で祝いたい。

 二人でないといけない。


「きれいな、おうち」


 一息に酒を飲み切ったロニが天井を仰ぎ見て、ポツリともらす。

 燃え落ちた前の小屋敷を思い出してしまったのか、その目じりには小さく涙が光っていた。

 そんなロニの杯に、酒を注ぐ。一瓶が銀貨十枚もする高級果実酒だ。


「はいよ」

「ありがと」


 注ぐ端から、ごくごくと喉を鳴らして杯を干すロニ。


「ごめんね、バール」

「おっと、もう『ごめん』は無しって約束だったはずだぞ?」

「でも……」

「前の家もよかったが、新しい家もいいだろ? 俺とロニの為に立てられた家だ」

「うん」


 ぐずりながら酒をあおるロニの頭を撫でる。

 何もかも忘れるのは無理かもしれないが、思い悩むことはない。


 ……ロニには秘密だが、すっきりするまで暴れさせてもらったしな。


 王国に潜む『神勇教団』の根はそこそこに深かった。

 おかげで、俺は気が済むまでそれを潰しまわることができたわけだが。


 バールを振って粉々に吹き飛ばしてやった貴族の屋敷も一つや二つじゃない。

 そして、そんな俺の気晴らしは王国の臣民として好ましい働きであったらしく……王国から褒美をもらえることになった。

 そんなつもりはなかったが、せっかくなので正直に欲しいものを口にしてみた。


 結果……この新たな小屋敷がここに建つこととなった。


 ボッグに屋敷の事を相談しに行ったら、どこからか話を聞いたガガド親方とその兄弟たちがトロアナに集結して、あれよあれよという内に世にも珍しいドワーフ工法の屋敷がものの一週間で出来上がってしまったのには驚いたが。


 しかも、それで終わりではなかった。

 建築が終わったかと思ったら、今度は教会の巡礼団が総出でやってきて、小屋敷に結界やら聖別やらを徹底的に行った。

 おかげ様で、この小屋敷はちょとした要塞みたいな頑丈さだ。


 家具やら食器やらは、クライスやザガン……それに、この町に住む人々が新築祝いだと過分に用意してくれた。

 ……酒については早々になくなりそうだが。


「俺はロニさえそばに居てくれりゃ、それでいいんだ」

「うん。わたしも」


 アルコールのせいか、少し顔を赤くしたロニが俺にふわりと抱き着いてきた。

 それをしっかりと抱き返して、ロニに頬ずりする。

 さて、この愛おしい存在に伝えるべきことがあるんだが……もう少し勢いが必要だ。

 さりとて、完全に酔っぱらってしまうわけにもいかない。


「体、大丈夫? どこか痛い?」

「ああ、いや。大丈夫だ。問題はない」


 少しばかり決心に怯む俺が体調悪げに見えたのか、ロニが心配そうに俺を見る。

 以前、『魔神バアル化』したときのことを思い出しているのだろう。

 あの時、俺は死にかけたらしいから。


 今回は、大丈夫だった。

 大丈夫と言うには、些か痛みがひどかったが……俺は生きて『人間』に戻ることができた。


 『魔神バアル金梃バール』も消えることなく手元にある。

 こいつを本気で振るうような脅威はもう来ないと信じたいが、必要であればまた同じことをするだろう。

 俺とロニの未来を遮るようなモノが現れた時……暴力と破壊で解決するのが俺の役割なのだから。


 ──生き方など簡単に変えられるものではない。


 だが、あの老魔術師のようにできればいいとも思う。

 言葉を尽くし、知恵を使い、誰も傷つかぬ未来を目指す。


 そうとも。言葉を尽くさねばならない。

 まずは伝えることからだ。


「……ロニ。話があるんだ」

「? うん」


 俺の畏まった佇まいに反応してか、ロニもピシリと椅子に座る。

 まずい、こう改まると緊張してきた。

 食った料理と高い酒が胃から戻ってきそうだ。


 よし、ちょっぴり『狂化』しよう。

 勢いと言えば、コレだ!


 ……いや、ダメだ。

 何を弱気になっている。


 この腑抜けた恐れこそが、弱さだと思い知ったはずなのに。

 ロニが、拒むはずないと信じられるはずだ。

 そう意を決して、隠し持っていた小箱をロニに差し出す。


「ん?」


 きょとんとした顔のロニが、小箱をじっと見る。

 しまった、開けてなかった。


「んんん?」


 しかして、その中身に思い当たったらしいロニが顔を真っ赤にさせる。

 酒が回った、というわけではないだろう。


「こここ、これ……!」

「ああ。そうだ」


 箱を開いて見せて、ロニの目を見る。


「ロニ、結婚しよう」

「──……ッ!」


 固まったロニが瞬きするまで、ゆうに十秒。

 その間、俺は気が気でなかったが……次に見せたロニの顔と声で全てが報われた。


「はい。お願い、します」


 泣き出しそうな顔で微笑むロニを抱きしめて、口づけする。

 ただ、この幸せが続けばいいと願って、俺達は長く長く抱きしめあい……お互いの温もりを確かめ合う。


「ロニ、絶対に幸せにする」

「もう、幸せだよ……」


 いま、この瞬間の俺達が世界で一番幸せだった。

 



 ~FIN~

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追放戦士のバール無双〝SIMPLE殴打2000〟~狂化スキルで成り上がるバールのバールによるバールのための英雄譚~ 右薙 光介@ラノベ作家 @Yazma

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