第36話 バール、エルフの都を再訪する。

 ──事件から一か月後。


 春の花が彩を増し、ようやく肌寒さがなくなってきた頃。

 俺達は、再びエルフェリアへと訪れていた。

 この一ヶ月ですっかり変わってしまった世界についての情報を、エルフたちから得るためだ。


「随分復興したな」

「ええ。元通りになるには少しかかるでしょうが……。それでも新芽は芽吹きます」


 エウロンが俺の言葉に小さく頷く。

 エルフェリアのエルフにも犠牲者は出た。死んだ者もいるし、癒えない傷に苛まれる者もいる。それでも、彼等は前に進もうとしていた。


「さて、本題に入りましょうか」


 エウロンが俺達に向き直る。

 今回、エルフェリアに来ているのは俺とロニだけではない。


 ザガン・バーグナー伯爵とサルヴァン師もともに来ており、その護衛としてクライスとヴィジルも同行していた。

 特にクライスは今後の事もあるので直接に話を聞いておくべきだろうとして俺が推した。


「まず、現状ですが……。この地は開かれました」

「それがいまいちよくわからぬのだ、エウロン殿。我々も混乱している」


 ザガンが困り顔で出された果実酒をちびりとやる。


「今までこの世界は、たんに『王国』と呼ばれていました。しかし、二千年前は違ったのです」


 齢二千年を超えるエルフの長老が語る。

 この『世界』は──『王国』は、古代魔導民族……ガデスの民が切り離した世界なのだと。

 世界を覆う未踏破地域と呼ばれる場所は、理想郷たるガデスの大地を外界と隔てるために人為的に作られた障壁のようなものであり、この世界の人間の流出を防ぐとともに、外界からの侵略を防ぐためのものでもあったとも。


 その証拠に、世界に景色は一変した。

 靄に包まれ見えなかった未踏破地域の先を見ることもできるし、そこに街らしきものを見つけることも出来た。

 すでに、そこに向かって旅立った一団もあるという。


 そして、変わったのは俺達の意識もだ。

 今まで、世界というのは王国だった。その外に別の国がある……ということが、できるようになった。

 それほどに、俺達は魔導王国ジアガデスの呪縛にずっと囚われていたということだ。


 一度滅び、別に王国ができてもそれは変わらなかった。

 デクスローが生きていれば、何故変わらなかったのか聞いてみたかったものだが。


「この世界は、ようやく……のです。二千年の時を経て、ジアガデスの世界が」


 感慨深げにつぶやくエウロン。

 俺達よりもずっとこの時を待ち望んできたのだろう。


「まずは王国の立て直しが必要だ。外界がオレ達に有効的とは限らないしな。その点はどうなんだ、エウロンさん」


 クライスが現実的な切込みを入れる。

 今回、冒険者の代表としてきているので、その辺りははっきりさせておきたいのだろう。


「わかりかねます。二千年もたてばこの地と同じく国も人も変わってしまっているでしょう。言葉だって通じない可能性がある」


 失念していた。

 すっかりと。古代語や神聖語、エルフ語、ドワーフ語という言葉はあるにしても、基本的に俺達が話す言葉は共通の言語だ。

 何故なら、ジアガデス王国がそれを俺達の子孫に強いたため。

 怪我の功名と言うべきか、そのおかげで俺達はこの王国の中で言葉によるやり取りに困ることはなかった。


 しかし、これからは違う。


 言葉も文化も、種族すら違うかもしれない外界がこちらに入ってくるだろう。

 それが武力による侵略だって可能性もゼロではないのだ。


「境界域にいるエルフの里に使いを出しております。いましばらく時間が頂ければと」


 申し訳なさげにエウロンが頭を下げる。

 それに対して、クライスが首を振った。


「いいや、オレこそすまない。少しばかり気が立ちっぱなしなんだ。

「落ち着きたまえよ、モルガン君。国防は国が考えるものだよ」


 ザガンがクライスの肩を叩く。

 その国にしても、『神勇教団』によって起こされた内乱騒ぎが収まりきっていない。

 いまだにナブリスの目指す世界が正しかったと徹底抗戦の構えを続ける領主がいるくらいなのだ。


 大きな変化の中、多くの仲間を抱えるクライスが不安になるのも仕方あるまい。


「ね、ガデスはどうなったの?」


 話題を変えようと思ったのか、ロニが俺も気になっている話題を挙げる。


「それもわかりません……。まだデクスローがあそこにいるのかどうかも」

「そっか……」


 空中魔導都市ガデスはその質量のほとんどを崩壊させたものの、一部はいまだ空中に健在だ。ただ、ロニが言うにはもうアレから〝淘汰〟の気配は感じないらしい。

 俺にしても、あれに感じていた破壊欲が今は消え去っているのを確認している。


 デクスローが上手くやってくれたのだろう……ってことはわかっているが、当のデクスローがどうなっているのかが気がかりだ。

 しかし、空に浮かぶあの場所に行く方法は最早存在しない。


「暗くなっても仕方ありませんよ。デクスローの事です。仕事を終えたらひょっこり帰ってくるでしょう。私達の〝勇者〟は底意地の悪い知恵者ですから」


 そう笑うエウロンに俺はうなずく。


「黒枝氏族のエルフはどうすんだ?」

「ここを復興させつつ、皆さんと協力できればと思います」

「もちろんだとも。バーグナー伯爵家の名で以て、ここの安全を保障させてもらう。復興資材も必要なら言付けしてくれ」


 ザガンであれば任せて安心だろう。

 二千年の人間への不信を少しずつ溶かすことができればいいと思う。


 デクスローはこれから大きく変わると言った。

 ならば、いい機会だ。

 エルフたちも表舞台に出ればいい。もう、恐れるべき時代は終わったのだから。


「では、此度はこの辺にしようか。また、この者を遣わせるので、どうか顔を覚えておいてほしい」


 ザガンに促されヴィジルが頭を下げる。


「はい。何かあればこちらからも娘を使いに出しますので」


 エウロンの隣でミスメラがニコリと笑う。


 いまだ傷跡残るエルフェリアの真ん中で人とエルフが先のことについて話す。

 その光景に、俺は胸が温かくなるのを感じた。


 ああ、デクスロー……何も心配いらない。

 俺達はこの先もきっと進んでいけるさ。

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