見せかけの彼女

邑埼 榮

1 こころ

 日本独自のものともいわれる”動物カフェ”

 店にいる動物たちと遊び、触れ合えるその場所には、癒しを求める人々が足を運ぶ。


 犬カフェ「こころ」は通勤から買い物まで多くの人が利用するターミナル駅から十五分ほど下った駅から更に徒歩十分のところに店を構えている。同じ通りには地域に親しまれるスーパーや総菜屋、本屋などが並ぶ穏やかな土地だ。決してアクセスがよいとはいえないが、店から近い国立公園に犬をつれて散歩できる「こころコース」の人気もあり、そこそこの集客はある。


 そこに彼女が助けを求めにきたのは、常連の女性を見送った平日の十六時過ぎだった。


 午後の講義を終えアルバイトに来ていた廉太郎はドアベルに反応し、カウンター越しに声をかけた。

「いっらっしゃいませー」

 入口には女性が戸を押し開け、こちらをうかがうように立っていた。小柄で派手さはなく、学生の自分よりは幾分いくぶん年上だろうというのが廉太郎の印象だった。


「すみません、お聞きしたいことがあるのですが……」

 お茶だけでも大丈夫ですか。

 三年同じ店にいれば、その次に出てくる質問は予想できた。この辺りはほかに飲食店がなく、公園に来たカップルや学生たちが帰りがけに立ち寄ることが時折ときおりあるのだ。

 犬とのふれあいがメインなので、カフェとしての役目は低いが、ドリンクとちょっとした焼き菓子の提供のみでもできる、というのがこの店のオーナーであり廉太郎の叔母にあたる梨香の指導だ。加えて、犬とのふれあいコースの説明をすることも。

 返答から提案までの会話の流れを考えながら、廉太郎はカウンターを出た。


「はいー」

「こちらで迷い犬は預かってもらえますか」

「はい……?」

 虚をかれた表情の廉太郎の視線を誘導するように、彼女は顔を横に捻り下に目を向けた。

「迷い犬、です。この子なんでかずっと私についてきちゃって」

 彼女の視線を追って外を見ると、そこには柴犬が勢いよく尻尾を降りながら、彼女を見上げていた。


 勤務歴三年といえど、そこはアルバイトの大学生である、予想していなかった質問にスムーズな対応ができるほどの接客スキルは廉太郎にない。「えーと」と返答を考えていると、申し訳なさそうに彼女が肩をすくめた。

「交番に行こうとも思ったんですけど、そしたらそのまま保健所行きかなって考えてたら、こちらの看板が見えたので……」

 見知らぬ犬に付きまとわれていた彼女にとって犬カフェ「こころ」はかけ込み寺だったようだ。困っているのにそこまで気に掛ける彼女に、優しい人という印象が加わった。


「あの、オーナーに聞いてきますんで、俺。その子、預かれるかどうか」

 まとまりのない廉太郎の答えに彼女は安堵あんどしたように微笑んだ。その笑顔につられたのか柴犬は彼女に飛びついて、さらにぶんぶんと尻尾を振り、喜びを表している。彼女は良かったね、とつぶやきながら笑顔で自分の膝を支えに立つ柴犬を撫でた。


 今日出会ったであろう一人と一匹なのに、まるで何年も一緒にいたかのような姿が可笑おかしくて、廉太郎は「一目ぼれで相思相愛かよ!」と心の中でツッコミをいれた。そして客の姿のない店内へ彼女と柴犬を招き入れた。

「どうぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見せかけの彼女 邑埼 榮 @_murasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ