ここが私の眠る世界

いいの すけこ

ここが私の眠る世界

「お嬢ちゃん、どうしてそんなもの背負ってるんだ?」

 夕闇の街ですれ違った少女に、旅人は目を引かれた。


 少女は背中に、金だらいを背負っていた。


「お兄さん、旅人ね」

 年の頃はとおばかりか。小さな背中に大きな金だらい。

「これは私のベッドなの。赤ちゃんの頃、両親はこのたらいに毛布を詰めて、私を寝かせてたんですって」

「今のお嬢ちゃんじゃ、もうそれには寝らんないだろう」

 たらいは少女の半分ほど。背負うには大きく、横たわるには小さい。

「無理よ。でも、両親も死んじゃって、私に残された財産なんてこれくらいしかないの。私、これがあればどこでだって眠れる。頭と足は飛び出しちゃうけど」

 少女は靴を履いていない。どこでだって、寝ざるを得ないのだろう。

「なんてとこで寝てんだい」

「お兄さんも、どうせ根無し草なんでしょ。眠れる家なんてないくせに」

「この星空の下なら、俺はどこでだって眠れるね」

 星がちらつき始めた紺色の空は、旅人が幼い頃使っていた毛布と同じ色。


「いい男でも見つけな、お嬢ちゃん。眠る場所は、誰かの傍ってのもいいもんだ」

「根無し草さんに言われたくないなあ」


 心の底から安心して眠れる場所。

 旅の果ては、そんな場所かもしれない。

  

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