第37話 聖職者は決して奴隷を見捨てないゾっ

「シルルさん、まさかホントに決勝まで勝ち進んじゃうなんて……」

「阿呆ハイバラめ。お前が勝たせたんだろ。銃弾ぶち込んで呪術耐性を付与するなんて、反則もいいところだ」

「だってそうしなきゃ、シルルさん死んでたじゃんっ」

 観客席の最前列で言い争う僕と勇者様。


 準決勝、シルルは呪術師シャーマンバロバロに勝利した。


 呪術の毒におかされたところを僕のスキル『灰色回転銃マイ・リボルバー』で救ったのだ。

 試合中に黒弾『呪詛無効アンチカース』を撃ち込んで。


 スキルの籠った黒弾で他人を撃てば、その人にも異能を付与できることがわかった。


「決戦中の選手に観客が強化スキルを使うのは禁止されているんだぞ。見つかったら、打ち首だ」

「マジ!?」

 呪術の毒で会場が混乱していてホントよかった。


 さて、ステージに目を戻すと。

 シルルが鼻息荒く鉄槌矛メイスをかまえて立っている。


 対して、向かい側には――。


「ではお待たせした。これより決勝戦を開始するッ!」

 ウォォォオオオオッ! 轟く歓声。


 高台からラーニア姫が会場を煽る。

「東が、聖職見習いアコライトシルル=ミクリアッ。大穴だぞ! 誰も彼女がここまで勝ち抜くとは思っていなかっただろうッ」

 失礼な奴だな。


「そして西。今まで圧倒的な試合をし続けてきた謎の鉄仮面の騎士だッ!」

 オォォォォオオオオッ! 圧倒的なまでの声援。


「彼女に名前はないという。私の前でも、決してその鉄仮面を脱ごうとはしなかったッ! その一貫して謎な感じが、逆に清々しいッ!」


 そう。シルルが決勝で戦う相手は、あの鉄仮面騎士だった。


 素顔は見えない。血のように赤いマントも不気味である。

 前の試合で、彼女は僕らの目の前で恰幅のいい重戦士を一撃で倒したのだ。


 僕は肩に乗る勇者様に確認した。

「ねえ、シルルさん止めなくてよかったの? 鉄仮面とぶつかることになったら、棄権させるって言ってたじゃん」

「止めたわ、阿呆。しかし、我輩の制止を振り切ってステージに上がってしまったのだ。仕方なかろう」


 シルルはどうしても奴隷の子を救いたいようだ。


 ラーニア姫の右側に置かれた鉄の檻。そこには女戦士武闘会イヴコロッセオの優勝賞品である奴隷の少女が入れられている。


 スキル『遠縁念話テレパシア』が使える奴隷。声を出さずとも主人の命令を感受できるという、言わばあうんの呼吸が通じる奴隷らしい。


「ハイバラよ。あの貧乏聖職見習いアコライトがマジで危なかったら……」

「わかってる。ノータイムでステージに突っ込もう」


 戦場への乱入は打ち首の刑らしいが、知ったことか。

 いざという時は、黒弾『四肢獣化ビーストキングで狼男になって逃げてやる。


 しかし、そんな僕らの目論みは何の意味も成さない展開になった。


 ラーニア姫は宣言する。

「では、試合開始だッ! 思う存分、血を流せ!」


 ゴングが鳴ると同時に、鉄仮面は瞬間移動。気づいたときにはシルルの背後に回っていた。

 シルルが振り向くことすらかなわず、後頭部に手刀をぶつける。


「かはっ……」

 シルルから乾いた悲鳴が漏れる。


 魂が抜けたように崩れるシルル。一瞬で意識を奪われたのだ。

 一秒もかかっていない。鉄仮面は剣すら抜かずに、勝負はついたのだった。


「お見事ッ! 今年の優勝者は、謎の騎士、鉄仮面だァァァアア!」


 ラーニア姫が西側の旗を高らかにあげた。


 僕はやっとまばたきをする。はっと我に返り、担架で医務室に運ばれるシルルのあとを追った。

 本当に何が起きたか、わからなかったのだ。



 医務室にて。

 ベッドで眠るシルル。外傷はないに等しい。


「軽い脳しんとうですから、すぐに目覚めますよ」

 看護婦さんは軽い口調でそう告げた。


 あの鉄仮面、対戦相手全員を手刀だけで倒してきたらしい。結果、血を一滴も流すことなく優勝の表彰台にあがったのだ。


 パチパチパチ……。

 遠くで聞こえる拍手の音。ステージでは閉会式が行われていた。

 ちょうど鉄仮面に奴隷少女が渡されたようだ。


「ん……」

 シルルが薄目を開けた。


「シルルさん、大丈夫? 気分はどう」

「はい、平気です。それよりも……」

 すぐに起き上がろうとする。が、肘がかくんと折れて再びベッドに沈没した。


「無理しないで。半日は目眩がとれないだろうって、看護婦さんが言ってたよ」

「ふんっ。脳しんとうくらいですんでよかったな。あの鉄仮面野郎の実力なら、首を飛ばすことくらい造作なかっただろうに」

 野郎って。一応、女性のはずだけども。


「ハイバラ様、勇者様。お願いがあります。わたくしの、一生のお願いです」

 シルルは瞳に涙を浮かべて懇願した。


「あの奴隷の子の行方を調べて……」

 シルルは自身の体の心配よりも、優勝賞品である奴隷少女の身を按じていた。

 彼女は真の意味で、聖職者だ。


「ふむ。あの鉄仮面を尾行すればどこの従者かわかるだろうが、知ってどうする? 奴が何も知らない傭兵だったら、奴隷は仲介人に手渡されて終いだろうに」

「それでもかまいません。この旅が終わったら、その仲介人を八つ裂きにして居場所を吐かせますから……」

 シルルの言葉には迫力があった。本気だろう。


「ふう。わかったよ」

「おいッ、ハイバラ!」

 肯定した僕を叱る勇者様。


 シルルの頑張りが報われないのは仲間として歯がゆい。僕だって、できる限りのことをしたいのだ。


「そのかわり、シルルさんはここで安静にしていて。鉄仮面は僕と勇者様で追う」

「はいっ! やっぱり、ハイバラ様はハイバラ様ですっ。わたくしの大好きなハイバラ様っ」

「ふんっ。我輩の亡骸探しはどうするんだよもうー」

 ぶーたれる勇者様。そりゃそうだよね、ごめんごめん。


 閉会式が終わったようで、観客たちが列になって出口に向かっている。

 鉄仮面は奴隷を連れて裏口に回った。


 今なら、追える。


「さて、それじゃ行きますか」

 僕は勇者様を肩に乗せて、立ち上がった。

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勇者の亡骸を探し隊っ!~僕は僕を消すために旅をする~ 馬場ヤイリ @yairi

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