第36話 銃は人を救う武器なんだゾっ

「ほっほっほ。さて、お嬢さん。あなたの戦いぶり、見ていましたよ」


 呪術師シャーマンバロバロは老婆だった。白髪、曲がった腰、しわがれた声。杖がないと立っていられないほど弱々しい。


 この優しそうな婆さんがシルルの対戦相手である。

 ステージに二人、対峙する。


聖職見習いアコライトさんには似つかわしくない勝ち方でしたねぇ。慈悲の一つもありませんでした」


 皮肉めいた響きでバロバロ。対してシルルは。


呪術師シャーマンのおば様。聡明であるおば様は、わたくしの能力を見抜いているのでしょう?」


 ストレートに聞いた。バロバロは目を閉じ、うなずく。

「ええ、ええ。わしにはちゃんと見えていましたよ。あなた、血を流せば流すほど強くなるようねぇ。自身の生き血に酔いしれて戦うなんて、まるでドラキュラ」

「うふふ、お褒めいただいて光栄です」


 いやいや、めっちゃ皮肉を言われてますけど。

 僕と勇者様は観客席から見物。


「ねぇ、勇者様。あのバロバロって婆さん、前の試合はどんな勝ち方をしてたの?」

「ハイバラ、お前なぁ。貧乏聖職見習いアコライトの飼い主だろ、ちゃんと見ておけよな」


 勇者様は何だかんだでシルルのことを気にかけている。僕はちょっと嬉しくなった。

「あの呪術師シャーマンのババア、一歩も動かずに相手を倒していたぞ。不可避の呪術だ。詳細はわからん」


 うーむ。悪い予感がするんだよな。

 再びステージに目を戻す。

 すると。


「うふふ、いやですわ。おば様」

「なーにを恥ずかしがることがあるのさ。わしが若かった頃は、男をたぶらかしては酒代をいただいていたものだよぉ」

「わたくしは紛いなりにも聖職者ですわ。そんなこと……」

「できるさぁ。神は寛大さ。たとえ酒場に聖職がいたとしても、咎める野暮はしないよ」


 和気あいあい。シルルは対戦相手の婆さんと楽しそうに談笑していた。

 おいおい、何やってんだよ。


「あの阿呆、完全に警戒を解いてやがるな」

「だ、大丈夫かな。シルルさん」


 悪い予感は的中した。


 先ほどまで普通におしゃべりしていたシルルが膝をついたのだ。

 どよどよ……。会場がどよめいた。


「え……。なんですか、これ」

 一番困惑しているのはシルル本人だった。


 膝の震えが止まらない。結局、ぺたりとお尻をついてしまう。

 ポタポタ……。


「うそ……」

 生暖かい水滴が垂れる。よく見ると、鼻血だ。


「なかなか時間がかかったねぇ。わしの毒は即効性が売りなのに」


 ――毒!?


 僕と勇者様は辺りを見回した。

 最前列の観客たちが苦悶の表情で白目を剥いている。中には鼻血を垂れ流している人もいる。


「おいおい、客もお構いなしってか」

「こ、これが呪術師シャーマンバロバロの戦い方……!!」


 シルルは全身を痙攣させている。鼻、眼窩、口。あらゆる穴から出血が始まった。意識が残っているかすら危うい。


「おい、ハイバラっ。まずいぞ。あのババア、このまま貧乏聖職見習いアコライトを殺す気だッ!」

「くそ。そんなこと、絶対にさせないッ!」


 かといって、どうする。

 呪術師は毒を使う。ロンザの宿場街を救ったときに嫌と言うほど味わった。


 呪術師バイロン。あれは強敵だった。

 呪術の毒を受けたときの苦しさは尋常ではない。あれをまともに食らったら、反撃など不可能だ。


「貧乏聖職見習いアコライトのスキル『痛点開花ペインフラワー』はおそらく外傷が発動スイッチだ。内側から蝕むような毒だと、あいつはスキルを発揮できないッ」


 勇者様の考察はおそらく正しい。

 くっそ。こうしている間にも、シルルの体は弱っていく。その様子を見て高笑いをする呪術師シャーマンバロバロ。悪魔か、あの婆さん。


 ふと、僕は右手に金属の感触と重みを感じた。


灰色回転銃マイ・リボルバー……。そうか、その手があった!」


 僕はひらめいた。

 そのひらめきを信じることにする。


 ――『灰色回転銃マイ・リボルバー』 発動。

    弾倉Ⅲ に 黒弾『呪詛無効アンチカース』 を 装填。


 僕は銃口をステージ上のシルルに向けた。


 誰も見ていない。毒におかされた前列の観客たちの介抱で、皆それどころではないのだ。


「フェアじゃないけど」

 引き金トリガーを引いた。


 黒弾『呪詛無効アンチカース』は漆黒のほうき星となり、シルルの頭部に撃ち込まれた。


 シルルの表情が柔らいだ。血が止まり、パチパチとまばたきをしている。

 毒の痛みから解放されたのだ。


 シルルはのそりと、立ち上がった。


「な、なんですって。立てるはずが……」

 困惑する呪術師シャーマンバロバロ。勝ちを確信していただろうに。


 シルルは鉄槌矛メイスを振りかぶりながら、老婆との距離を詰める。

 その表情はニコニコ。


「おば様。油断させておいて、こんなのひどいですわ。仕返しは、しっかりさせていただきますね」

「ひ、ひぃぃ……」


 肉弾戦でのバロバロは無力だ。自らの小さな体を守るように、しわがれた腕を天に上げた。


「わ、わしの負けだよぅ。参った、まいったぁ……」

 勝負あり。


 二回戦勝者、聖職見習いアコライトシルル=ミクリア。

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