第35話 悲しき異能はそれでも笑うゾっ

 シルルは瀕死状態で控え室に担ぎ込まれた。

 ベンチに着いた頃には、すでに鞭で打たれた傷は塞がりつつあった。


「シルルさん、あの、えっと……」

 僕はシルルの傍らに膝をつき、憐憫の眼差しで彼女を見た。


 かける言葉が見つからなかった。お疲れ様、なのか。大丈夫? か。

 困っていると、シルルは察したように優しく僕に微笑んだ。


「平気ですよ。ハイバラ様のシルルは、この程度じゃ死にません」

「フンッ。この程度って、お前、一瞬マジで死にかけていたぞっ。後半、完全に意識ぶっ飛んでただろうが」

 シニカルに鼻を鳴らす勇者様。


「あはは……。ごめんなさい、心配をおかけして」

 ばつが悪そうにシルルはうつむく。


 呆れるように吐息する勇者様。

「はぁ。ったく。シルルよ。お前が女戦士武闘会イヴコロッセオの賞品だったと聞いたときから、何かしらのスキル持ちだとはにらんでいたが」


「え?」やっと気づく僕。


 堪忍したように、シルルは話し出した。

「勇者様は何でもお見通しですね。そうです、わたくしにはスキルがあります。えっと、スキル名は『痛点開花ペインフラワー』。受けたダメージが大きいほど、魔力が湧き出てくるカウンター型のスキルです」


「受けたダメージの分だけ、強くなるの」

「はい。『痛点開花ペインフラワー』は後天的に授かったスキルです。奴隷時代、貴族の人柱として魔物の前に立ったわたくしは、このスキルを覚醒させて生き残ったわけです。発動がオートなのが難点ですが。あはは……」


「そっか。悲しい、力だね」

 僕は感傷的にうつむいた。するとシルルは僕の手をそっと握った。


「やっぱりハイバラ様はお優しい方です。あなたについてきて、本当によかった」


「べ、別にそんな」

 僕は目を背けた。頬が熱い。童貞には刺激が強すぎるお言葉っ。

 気づくと、シルルの傷は癒えていた。


 『痛点開花ペインフラワー』は自動発動だというから、勝手にケガを治すらしい。すでに紫色のオーラは消えていた。


 とにかく、生きていてくれてよかった。

 ほっと一息ついたそのとき。


 ワァァァァァア!

 観客たちの歓喜で会場が揺れた。


 僕らも控え室から出て、ステージを見に行くと。

 鉄仮面の剣士が立っていて、鎧を着込んだ重戦士の女が倒れていた。

 ちょうど三回戦の勝負がついたところだった。


「あの鉄仮面の奴、ただ者じゃないな」

 珍しく勇者様が剣呑に眉を寄せた。

「ただの剣士っぽいけど、そんなに強いの?」


 黒い鋳鉄でつくられた鉄仮面は、十字型にのぞき窓が掘られている。その奥の素顔はまるで見えない。血のように濃い赤のマントは、戦いの後なのに一つも汚れていない。


「シルル、もしこのまま勝ち進んだとしても、あの鉄仮面と決勝で当たったら問答無用で棄権させるからな」

「えええ!? わたくし、こんなに頑張ったのに……」

「勇者としての命令だ。我輩としても、パーティメンバーを死なせるわけにはいかないからな」


 *


 トーナメント戦は順調に進んでいった。

 準決勝戦。

 ステージ上で行われる試合としては、五回目の戦いだ。


「さて、ではここからは勝者同士の対決であるッ。聖職見習いアコライトシルル=ミクリア VS 呪術師シャーマンバロバロ。さあ、存分に殺し合えッ!」


 ラーニア姫が心底楽しそうに、決戦開始を宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る