第3話 往く命
そして臨月。
後輩への引継ぎも終わり、俺は会社を円満退社した。
当初の予定通り、俺のタマは大玉スイカ並みの大きさになっていた。
引きちぎれそうなほど伸びた皮膚は、それでもまだ少しの余裕を見せていた。人間の皮膚って強いんだなあ。と、そのときはもう
あまりの痛みに痛いなどと声にすら出せず、
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!」
と叫んでいた。
それを叫んだあと、しばらく経ってから笑ってしまった。痛いが、あまりにバカらしくて笑ってしまったのだ。
「ちぃ君大丈夫!?」
妻が、
頭がおかしくなったと思われたのかも知れない。
「ああ、大丈夫だよ」
笑ってしまったのは、叫んだことがあまりにその通り過ぎたからだ。だって無理なものは無理だ。重さ4kgに及ぶ赤ん坊が、この細い尿道を通ってこの世に顔を出すことは無い。昔は、それこそ医療が発展する前までは、もしかしてここから生まれてくるかもなんて思われて、産道なんて言われ方をしていたらしいが、今はそんな呼び名もない。ただ俺には、産む道が無くても、この子ら二人を産む義務がある。
助産婦さんに促されるまま、いきむ。
歯を食いしばって、いきむ。
ちょうど眉間の辺りでブチブチという、なにかが切れた音がした。多分血管だろう。だが不思議と痛みはない。寧ろ、快感のようなものが頭の周りを
そんな中でも、いきむ。
助産婦さんに促されるまま、いきむ。
なんだかよく分からないが、だんだん楽しい気分になって来た。俺は今、人生のうちで一番ハッピーな気分になっている。いや、本当にハッピーなのだろう。
「なあ……」
隣にいた妻に問いかけると、妻は頷いた。
「そう、言えば、二人の、名前、聞いて、なかった。なんて、言うん、だい?」
妻は笑顔を
「元気な子に生まれますように。そして、宿命を全うできますようにって、生命の象徴である
「そうか、いい、名前だね」
俺が笑顔を向けると、彼女は目を見ながら何度も頷いた。
「今まで、ありがとう、これから、二人を、頼んだよ」
「任せて! 必ず立派に育てて見せるわ! ちぃ君、ありがとう!」
もう多分、次いきんだら、二人は生まれる。俺は二人の顔も見ずに、このまま意識を失うのだろう。
でもそれで良い。
寧ろそれが良い。
悲しくはない。
後悔もない。
とても幸せだった。
自分の人生はとても幸せだった。
そう感じる。
どうしてかは分からない。
分からないことに不安はない。
理由などないのかも知れない。
考える人がいるとしたらその人は不幸かも知れない。
やはり俺は幸せ者だ。
考える必要などなかったのだから。
子供が欲しいと言ってくれてありがとう。
宿ってくれてありがとう。
キンタ、マト、誕生おめでとう——
キンタ(マ)バース(ト) 詩一 @serch
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