5
コタツでぬくぬく。車の通りの少ない田舎町での静かな昼下がり。五分前のことも忘却の彼方よ、ええ。
人間、前を見て生きてかなきゃ。
将棋セットを片付けてカーペットの床に置き、テーブルの上にはみかんとマグカップとスマホだけ。
サッシ窓の外は青い冬空が広がっている。
あ……あ~~、ずっとこうしていたいなあ~~
ぶほっ、と屁を放ったあと思い至ったことがある。
……私はコタツと一体化した別の生命体になりたいと思う。それは嘘だけど、いいえ嘘じゃない。どっちよ。そういう売り出し方もアリかなって。コタツアイドル。でもなんの展望も見えてこない。
これでステージに上がってもねえ……
そんなふうになんにもならないことを考えているとスマホのバイブが鳴った。表示を見るとミカリンからだ。地元のダチである。でも彼女の名はミカではない。これはニックネーム。
「あいよ」
「ヒナちんこっちに帰ってるんでしょ」
ほんとうの名前は由衣。中島美嘉の若い頃の雰囲気に似ているので誰かが呼び始めいつしかミカリンとなった。
「誰から聞いたの」
「秘密のネットワークによって。遊ぼうよ」
「ゆっくりさせて」
「じゃゆっくり酒呑もうよ」
「いま一般人なの。コタツで屁をこく一般人」
「わかるけどあたしにとっちゃ自慢のダチなのよ。たまには芸能人との時間にひたらせてよ。そうやって徳を積むのよ。徳を積んでいって売れっ子になってよ」
「ぶっ、けひゃひゃ」
私は思わず笑った。
「アハハあんたおもろいわ、イッヒヒ、徳を積むなんて久々に聞いたわ」
「笑ってるけどけっこー大事でしょ。ゲーノー界は運がものを言うとこでしょ」
「……」
違えねえ。そこはまあ確かにその通りだ。いまセンターの子だって前のセンターが卒業したから推しを受けるその位置にいるのだ。
……笑ったら立ち直った。徳ねえ……
アイドルやるには鉄の意志が必要なんだけどまあそういうのも必要なのかも。
「来なさいよ」
「オッケーやった!」
勇んで缶ビールの六缶パックを持ってくる彼女の可憐な姿が脳裏に浮かぶ。
──そうか。この世のなかに芸能の神サマがいるとしたら、確かに徳を積まないと応えてくれないか。
考えたこともなかった。
私はいま心底、この世の道理のひとつを痛感していた。
持つべきは友、てことをね。
- Fin -
私は天板の端っこにあごを乗せて彼女の言葉に耳を傾けた 北川エイジ @kitagawa333
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