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夜が明け、昼の一時あたり、地方ロケの御大は生中継での総合司会とのやり取りのなか、CM明けに突然猛烈に怒り出した。
CMの間に総合司会が深夜での不祥事をなじったのである。そんなことで笑いをとってはいかんと。計算ずくの責めである。
猛烈に怒り、反論にならない反論をする地方ロケの御大の姿はとにかく面白かった。
《お前には何ひとつ敵わんかった!でも俺は奥さんをしあわせにしとる!そこだけはお前に勝っとると俺は思うとる!》
魂の叫びである。こういうことがお笑いになるのかという奇蹟の瞬間でもあった。
総合司会の大御所もまた満ち足りた笑顔で怒りの弁論を聞き、ウケている。あうんの呼吸でふたりの御大は生放送のなかでこれ以上ない最高のお笑いを見せてくれたのである。──芸能の世界にいてよかった。そういまでも思い返す大事な思い出だ。
「てか、あなたアイドルなんだからお笑いは直接には関係ないじゃない」
いつの間にかマイポニョン・ボルテッカがコタツの天板の上、将棋盤の横に立っていた。
たまに出てくる精霊である。
いくつかの条件をクリアした一部のアイドルにしか見えない精霊。私は去年の春先に見えるようになった。
コーラルピンクの衣服を纏う体長三○センチの金髪ツインテールは完璧なコスプレイヤーのように文句なしのかわいさを備える。
「関係あるのよね。結果を出せば芸能ポイントになる」
「芸能ポイント?」
「私たちにはふたつの基準があるのよ。芸能ポイントは蓄積されてゆくポイント。俳優はこれ。もうひとつのアイドルポイントはアイドル時期限定のポイント。つまり卒業するとタレントとしてゼロスタートになる。殆どのアイドルのケースがこれ」
伯父さんの理論の受け売りだ。
「……お笑い番組で活躍すればその芸能ポイントがついて卒業後もポイントが残るってこと?」
「そう。実績になる。アイドル時期に芸能ポイントの蓄積ができるってこと。そんなエリートはごくごくわずかだけど。そりゃ歌番組で芸能ポイントがつくのが理想なんだけどつくとしてもグループだと基本的に個人にはつかない」
「なかなかにハイブローな話ね、ついてけない」
「ついてこなくていいわよあんたは精霊なんだから。あんたの存在以上にファンタジーな話よ」
「エリートって例えば誰?」
「いちばんはYさんね」
「不倫で騒がれた人ね。よく復帰できたなって不思議だった」
「基本的にはファンを裏切ってないってのがまずある。その上で、ようは大きなマイナスでもポイントの貯金があるからスムーズにいったのよ」
「貯金?」
「イメージ上、アイドルの平均値を五○にした場合、Yさんはかるく一○万を越える貯金があった。だから仮にマイナス五千だったとしても九万五千残ってる」
「イメージの話よね」
「再婚で大半を失ったけど、まあ全盛期から不祥事、そこからの復帰は一大芸能史になってるからもう充分よ」
「まるで偉人ね」
「偉人なのよ実際」
「……ファンタジーね」
「でしょ」
「日菜子は大してポイント稼いでないじゃん」
「そうなのよね、うん」
「それでブルーになってるのかー」
「べつに」
「さっきのさ、オジサンの話で言うとさ」
「なにが?」
「レコ大の話。あれファンからすると〈One Night In Heaven〉だったら美空さんでよかったのよね。あの舞台で聴ければそれで。有線は〈淋しい熱帯魚〉で納得だけどレコ大、紅白は〈One Night In Heaven〉でいくべきだった」
「そうなの? いくべきったって曲を選ぶのは番組側でしょ」
「だから業界がってこと。……それが心残りと言うか、釈然としないところ。あの曲があの時点での代表曲なのよ、世界観が完成した曲でもあり、アートとしてのWinkを体現してたから。彼女たちは“荒野に咲く薔薇”だった」
私は天板の端っこにあごを乗せて彼女の話を聞いていた。
「……あんたの感覚だとどこがすごかったの?」
「アレンジね。〈One Night In Heaven〉は未来の扉をノックするようなアレンジだったし、次の〈Sexy Music〉はその扉をひらくイントロだった」
「ふーん、あれね、精霊ならではのコメントね」
「そうかな」
「で、なんの用?」
「新年の挨拶に。あけましておめでとうございます」
「あけおめ」
「ではさらば」
その場でターンして彼女は姿を消した。たぶんなにかの使徒なんだろうけど、よくわからない生命体だ。
とくに励ましたり助言してくれるわけでもなし。なんなのだろう?
不思議に思いません?
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