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「ぐう……、厳しいな。どうやったら強くなるんだ?」
「AI将棋をやってみれば」
「コンピュータ相手じゃやる気出んよ」
「私だってAIにこてんぱんにやられつづけていまがあるのよ」
「ゲームだろ」
「ゲームよ」
伯父さんはゲームウォッチ世代なのにこんな感じなのだ。
「思うんだが、なんでお前に将棋番組の仕事が来んのだ?」
イライラさせる問いである。
「そういうのは売れっ子グループが持ってくのよ」
「あー、乃木坂? 乃木坂はレコ大もったいなかったなあ」
「……大賞とれたはずだった?」
「〈Sing out〉って曲は、通常の番組用ショートVersionには曲のクライマックスがないだろ。そこをなんとか、クライマックスの部分を世間に浸透できてればなあとつくづく思うよ。
で大きな舞台でダンサー集団とコラボするわけよ。テレビ局に金のある時代ならプロのダンサー集団に演舞させてたと思うんだよなあ。
レコ大のクライマックス有りVersionはそういう意味で準備が足りなかった、環境が整ってなかったという感じだ。
乃木坂がレコ大とれてた世界……そういう世界線があってもいいと思わせる曲だし、だって番組的にはそっちの方が断然感動的なフィナーレになってたもんな」
遠い話だ。
対面にいる伯父の姿は後ろに遠退き、こたつのテーブルは消え、そこに灰色の海原が広がった。
彼は遠いところから私には手の届かないものの話をしている。それどころか私には売れないグループのセンターすら遠かった。
グループは売れないにしてもセンターの子は深夜番組によく呼ばれている。週刊誌のグラビアにも時々出てる。私にピンのオファーなどない。
私は口をつぐんだ。
「何落ち込んでんだ」
「落ち込んでなんかないわよ。伯父さん向こうのストーブにあたって。気分がわるい」
「俺もコタツが好きで……」
「気分が、わるい」
おずおずとコタツから出ていく伯父さん。するとドアを開けて彼は居間から去り、やがて玄関の引き戸の音が鳴った。己の立場をわきまえている伯父さんであった。
敗者は去れ。私はひとりになりたいのだ。
そもそもなぜ実家に戻ったかと言えば芸能の世界をしばし忘れて一般人に戻りたいからなのだ。
たんに実力が不足している私がわるいのだが、実際のところは磨耗し、くたびれ、すさんでいくだけの芸能生活のような気もする。
そこから目を背けて私は生きている。どこか間違っているのかもしれない。でもそんなことはどうでもよく、私はとにかくゆっくりと心身を休ませたいのだ。人としてね。
……こんな私でも大御所と共演したことがある。長時間番組での生放送の深夜枠で体を張る企画にグループから選抜メンバーとして呼ばれたのだ。
白い粉が敷き詰められた粉場スペースに囲まれた四角い土俵の上で相撲をとり、うまく粉場に落ちなければならない企画である。
顔面に粉が着かないと面白くないのでセンスを要する仕事だ。ジャージを着た私は頑張った。
きれいに落ち、顔を含めた全身が粉まみれとなり、あれは成功と言っていいはずだ。総合司会の大御所は離れた位置で見守るだけだがそれなりに楽しんでくれたと思う。私は笑顔の大御所を見て頭のなかは桜満開だった。
……が、CMに入ったとき私はそばのモニターで目にしてしまうのだ。
大御所はスポンサー画面になっていることに気づかず、まだ自分の顔が全国に映っていることに気がついていない。それはたいへんに厳しく、険しい表情であった。
たんに疲労がその理由なのだと思うが私としては真実を目にしたような気がして恐ろしい思いがした。
つまり彼はよく口にするようにこの場を“戦場”として真剣に臨んでいるのだ。
彼の意識はお笑いのことしかない。これは九時間後に別の形であらわになる。
もうひとり別の御大は長時間の地方ロケをやっており、途中深夜の二時あたりにその御大は〈御大の御大〉を全国にさらすという行動に出たのだ。見事な仕事だった。歴史的瞬間を我が身ひとつでクリエイトしたのである。
そしてのちにこれを総合司会の大御所はさらに高みへと持っていくのだった。
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