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彼が選んだ横からの攻めに強い陣形。それは守りの役目を務める金銀が王の逃げ道をふさぐ結果を生みやすい。


追い込まれた王は前に逃げ、端に向かう。私の側は厳しい攻めを受けているもののまだ余裕があった。たぶんミスさえしなければこのまま勝つ。


私は伯父さんにここ数日抱いてきた疑問をぶつけてみた。彼はわりと芸能の世界に明るい方なのだ。ゴシップ的な方向で。


「あのさ、、なんで美空ひばりさんはレコ大とれなかったの?」


「ああ……あん時か。Winkがとった時だろ。……当時の裏ネタだと審査員の意見が割れるなか有力者のひと声で決まったってあったな。曲を基準とするなら美空さんだったんだろう」


「曲じゃなかった?」


「いま振り返って俺の感触を言えばWinkという現象そのものへの授与だね」


「どういうこと?」


「音楽性というやつに投資すれば売れるってことを証明した現象だったから。当時はCDが売れない時代だったんだよ。だから今後を踏まえたときに貴重な存在だったんだあのデュオは」


「CDが売れない時代……だったの? なぜ?」


「根本的な要因は趣味の多様化だけど、まあなんというか光ゲンジとおニャン子が一度音楽業界を破壊したのよ。……結果的によき破壊となったがな……ま、それが要因で音楽番組が打ち切りになった。


打ち切りが決まったあとブレイクしたのがWinkだったんだ。その後、Winkはランキング番組最後の申し子として時代を行儀よく席巻する。


……フツーに礼儀正しい、行儀がいいってのが当時のテレビでは……視聴者側には革命的だったのよね。で、明らかにふたりとも歌が好き、歌うことが好きなわけだ。そこを視聴者に伝える能力が高かった。技術的に高いレベルになくともな。


礼儀正しさ、一生懸命さが新鮮だった。新人だし弱小事務所だからそうせざるを得なかったんだろうが結果的にふたりは音楽業界の未来を一身に背負うことになる」


「へー、知らなかった。すごい先輩だったのね」


「そこがなあ……、厳密に言うと違うんだよね。いや歴史的にもカテゴライズでもアイドルでいいんだが正確にはそうじゃないのよ」


「じゃあなに」


「なんとも呼びようがない。その辺の不思議さが目で見てわかるかたちになったことがあってな。夜のヒットスタジオにはまったく合わなかったわけだ。


演者の背後で他の共演者が見守るセットだったからそのいかにも“芸能界!”といった雰囲気とは合わない、隔絶されたなにかがあのふたりにはあったんだ。


で、次回は背後が見えないよう歌う際に仕切りを設けられてた。

のちにピンクレディーと共演するともはやはっきりするんだな、違う惑星ってレベルで違うことが。


活字媒体では平成のピンクレディーなんてよく解説されてたんだがなんの解説にもなってないどころか誤解を生む説明でしかないことが一瞬で判明してしまった。


いや、誰だって頭の中の解釈ではそれで構わなかったんだよ。枠にはめにくい落ち着かない存在だったからな。


でも現実を目にしてしまった。言葉にならないなにか。言語化できないなにか。あれは──あれを、アイドルと呼んでしまうと実像から遠ざかるんだ。なんだったんだろうなあれは」


「アーティスト?」


「いや。それならむしろいまの斎藤飛鳥をそう呼んだ方がしっくりくる。“アイドルの時期”をリアルタイムでクリエイトしているアーティスト、みたいに」


「はあ……」


「それよりは……資金をかけて集めた優れたサウンドスタッフの活躍の場……自己表現の場かな。アイドルは媒体であって主体はサウンドスタッフであると。そのシステムがWinkだったと。これがダイレクトに結び付いたのが次の現象、森高千里だ」


「え……私たちのパイセンじゃないの?」


「残念ながら。実のところそのラインからは完全に外れているのがWinkと森高だ。芸能界的には許されざる見方かもしれんがね」


「なんで」


「芸能界のピラミッドでは底辺でなければならない。底辺枠のさらに端っこでなければならない」


「ああ……」


「別の空間……異空間にいた感じなんだよね。半透明の別のピラミッドを構築していたような気もする。……きれいな言葉で言えば“こんな時代でも新たなものが構築できるのだ”と勇気を与えてくれるシステムだったんだ。──と言ってもいまの若いやつにこの微妙さは伝わらん話だ」


「え? 勇気を貰えるのならいいことに思えるけど。違うの?」


「その頃の世の中はまだ混乱期でね。バブルとバブル崩壊はどちらも破壊だったのよ。混乱期ではピラミッドの維持が最優先。それを揺るがすようなものはすべからく危険だったのさ」


「……」


私は胸のうちで(カウンターカルチャーって意味かしら?)と思ったがよくわかってるわけでもないので黙っていた。


「だからアイドルという様式をまとうことが重要だったし、すなわちこれがアートなのよ」


「……ふーん」


「でも構築ができたのは、破壊があればこそだよ。そういうふうに思うしかない」


「なんか言葉にしにくいわね。……ようするに──ロックだったって解釈でいいのかな」


「真理だけどそれはそれでまずいだろ」


「一曲を選べって言われたらどれを選びます?」


「YouTubeで見てもなんにもならんぞ。……レコーディングスタジオのスピーカーで〈きっと熱いくちびる〉を聴け」


「なんで」


「音質にこだわってる時期のやつだから」


「機会があれば」


盤上、伯父さんの王は私の歩と桂馬と銀に逃げ道をふさがれている。私は角交換で持ち駒にしていた角で最後の逃げ道をふさぐ。たまにやる手だ。

王手、詰みである。



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