私は天板の端っこにあごを乗せて彼女の言葉に耳を傾けた
北川エイジ
1
一月三日。私は久しぶりのコタツにリラックスの極限を感じていた。
しかも独占である。両親は挨拶回りに外出。弟は家にいるがほとんど接触がないのでいないようなものだ。
居間のコタツに入っている私はぼーっとしつつ紅白のAI美空ひばりを頭に思い浮かべていた。
所属事務所の大画面テレビでメンバー六人と独身スタッフ何人かで鍋パーティーがてら一緒に騒ぎながら鑑賞したのだった。
日テレの〈笑ってはいけない〉は録画していて東京に戻ってから見る。
スタッフたちの間でひばりさんはレコ大をとれなかったことがある、という話をしていて私はそのことが気になっていた。
あの御大がである。なんでだろう?と疑問に思ったがそれを口にできるムードではなく心にしまったままこうして実家での三日の日を迎えていた。
玄関のチャイムが鳴り、ちょうどよく台所にいた弟が玄関に行き、引き戸が開く音がすると新年の挨拶を交わす男の声が響いてきた。
弟が台所へ戻り、つづいてスリッパの音が近づいてくると居間のドアが開かれた。
「おかえり日菜子。あけましておめでとう」
「あけおめ、伯父さん」
源二郎伯父さんである。五十代前半の伯父さんだ。自動車部品工場の工場長をやっててこの家に近いマンションにひとり住んでいる。奥さんに出ていかれたのだ。
「しっかし、よく正月に休みとれたな?」
「うちは三○人以上いるんでズラしてとればいいのよ」
いや、ほんとは仕事がないのだ。売れないアイドルはつらいよ。売れたいなあ。
「この時期、地下アイドルですらなにかしらイベントあるもんだろ」
「地下じゃありませんからね」
「まあいいや、正月だがリベンジに来た。用意しろ」
「将棋盤はそこの棚。出たくないから自分で持ってきて」
伯父さんは壁際の棚の前に行って将棋盤と駒入れを見つけるとコタツまで持ってくる。
対局の準備をする私たち。そこへ弟が伯父さん用にお茶を運んできた。
「サンキュー、耕介」と伯父さん。弟は素早く立ち去ると二階へ上がっていった。
対局が始まる。
とはいえ緊迫感は皆無。ここ三年は彼に負けたことがない。伯父さんは弱くはない。攻めは巧いと思う。が弱点があり戦法の変化に彼は弱い。
また基本的に圧勝を求めるやり方のため相手に読まれやすい将棋である。私は一手勝ちでもなんでも勝てばよいタイプだが彼はそれをよしとしないのだ。
素人によくあるように王より飛車の方が重要であって、彼もそうで飛車を取られると参ったをする。
いったん守りを固めると攻めしか考えないやり方はやってて楽しいのだろうが勝ち負けを求めた場合、いまより上達しないのではなかろうか。
万能の守りなどないのだ。上からの攻めに強い陣形は横からの攻めに脆く、横からの攻めに強い陣形は上からの攻めに脆い。
今回は後者の陣を彼は選んでいた。ならばどこかで早めに角交換──彼の弱点もクセもわかっている私はリラックスして対局に臨んでいる。
他人が見たらあきれるほどレベルの低いクソ将棋であろうが、戦いは戦いである。
四○分くらい経っただろうか。戦況が私有利に運び、勝利への流れが見えてくる。
ここへ来て伯父さんが仕事の話をしてくる。
「まだ三列目が定位置なのか」
心理戦を仕掛けているのか?
「うるさいわね。なにか問題でもあんの?」
「グループ内序列に変化なしか」
「人気はぼちぼち上がってきてる。ダンスには定評があって、私のダンスには味があるってね」
「団体パフォーマンスで味出しちゃだめだろ」
「味出していいとこで出すのよ」
「前の位置にはいけんのか」
「ファンには後ろの方でも目立ってる、後ろの方で光るタレントって言われてる。それぞれ役割ってもんがあるのよ」
「もう二三だし……」
私は早口でまくし立てた。
「まだ二三。ファンには歳をとる度にかわいくなってるって言われてるの。三○までやってほしいってね」
「そいつあすごいな」
お返しに出ていった奥さんの話をしようかとも思ったがそれはよした。休日は自分の趣味に没頭し家族サビースを一切しないクズ亭主……それが伯父さんだ。
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