第7話

 『サ―フィン』にはいると、大盛況の店内に、蓮達が座れるカウンター席がご丁寧にとっておいてある。


 カウンターには、宏と傑が、今日は珍しく酒を飲まずに、中ジョッキに注がれたコーラとウーロン茶でちびちび飲んでいる。


「何でえ、真面目な話をしたいって感じの顔つきだな……」


 蓮は、彼等が何を言いたいのか、長年の付き合いで分かっており、自分にはその答えは出ているのだが、ここで話せば、彼等にとっての一生がかかってくるのではないのかと不安に駆られている。


「蓮、会社なのだがな、俺達はいいのだがな、お前のご両親は何て言っているんだ?」


 宏は蓮に不安そうに尋ねる。


「ああ、初めは反対したが、やってもいいと」


 蓮は頭を掻いてそう言う。


「そうか、ならば、やるか! ……どうせ、こんな世の中にはブラック職場しかねーからな、ならば自分でホワイト企業を作るか!」


 傑は意気込んでそう言い、宏も頷くのを蓮は見て、自分と同じ考えなんだなと思いほっとしている。


「ああ、そうだな、やるか。だがな、部屋はどうすればいいんだ? 肝心の事業所が無いと話にならないぞ」


 宏は溜息を付いてそう言う。


 会社を経営するのには当然事業所が必要であり、彼等にはそれなりのオフィスの部屋を借りる余裕が無いのである。


「それなんだよなあ……」


 蓮はその事を全く考えていなかったのか、勢いで決めたのを後悔したのだが、ここで起業をしなければ自分は一生後悔するのではないのかという予感が頭をよぎる。


「まあ、決まった事だしよ、そろそろ飲むべ、凪、俺カシスオレンジな」


「はいよ!」


 凪は頭に赤いタオルを巻き、もう秋の足音が聞こえてくると言うのに店内が熱いのか、半袖の腕を腕まくりしている。


(リアルに部屋とかどうすっかなあ……)


 蓮はそう思いながら、目の前に置かれたカシスオレンジを旨そうにちらりと見やる。


「はあーあ、あの、ビルの一室安く買ってくれる人とかいないかね、なんかね、いらないのよね」


 後ろの席から、おばさんたちの声が蓮の耳に聞こえてくる。


「おい、ビルだってよ」


「試しに聞いてみるか」


「ああ、そうすっか」


 蓮達は立ち上がり、声が聞こえたテーブル席の方へと足を進める。


 きついパーマをかけた中年の女性と、初老の男性は夫婦なのか、それとも年の離れたカップルなのか、不思議な顔で蓮達を見つめている。


「うん?」


 その初老の男性は、蓮を不思議な目で見つめる。


「あのう、さっきのビルの部屋なんすけど、俺ら買いたいんすけど……ダメっすかね?」


「幾ら出せるの?」


「取りあえずは500……いや、出せても300万円ぐらいっすね」


「うーん、本当はあの部屋は700万で売りに出しているのよ、だからね、今回は……」


「いや、300万円でいいよ」


 初老の男性は、にこりと笑い蓮達にそう言う。


「それでいいのだが、みっちゃんは反対かい?」


「うーん、朝比奈さんがそう言うならね、いいわ、300蔓延で譲ってあげるわ。明日の2時にね、ここにきてね」


 みっちゃんという女性は、蓮に名刺を手渡す。


『朝比奈不動産 代表取締役 本城真紀』


(朝比奈不動産? どっかで聞いたことがある名前だな、どこだっけ?)


 この町に来て間もない蓮は、朝比奈不動産の事はあまり聞いたことが無い様子であるし、宏や傑も、この不動産の事をあまり知らない様子である。


「では、そろそろおいとまするよ。凪さん、会計お願いな」


「はい」


 蓮達は朝比奈に一礼をして、席に戻っていく。


 彼等が出た後、凪は神妙な顔つきで口を開く。


「蓮、良い人と知り合いになれたわね……」


「あ? あのへんな爺っていったい何者なんだ?」


「馬鹿ねえ、ここら辺一帯の地主さんよ! 隣にいた女の人は、朝比奈不動産の取締役だけれども、実際は朝比奈さんが実権を握っているわけよ!」


 蓮は神妙な顔つきをして、改めて名刺を見つめる。


「ああ、あった、朝比奈不動産の事ががいてある」


 傑は、蓮にスマホの検索結果を見せる。


『黎明町スレ ……朝比奈亮、ここら辺一帯の大地主で、資産は一億円を優に超える資産家である……』


「んな、一億円だと!? 俺らの100年分の収入があるんじゃねえか! こりゃあ、思いに応えないとなあ!」


「当り前だ、やるぞ! 凪、俺ジントニックな!」


 蓮は名刺を見つめなおす。


『サーフィン』から少し離れたところにある公園に、朝比奈と真紀はベンチに腰掛けている。


 当たりは既に暗く、秋の足音が聞こえ、夜風が彼等に冷たく当たる。


「ねえ、朝比奈さん……」


「ん?」


「何故、あんな若い馬鹿そうな子に、破格の値段で部屋を売ったんですか? そんな事をしなくても」


「……をしていた」


「?」


「あの三人は、商売で大成する目をしていた。あんな目だったらな、世間様に認められる会社を作るだろうよ……!」


 朝比奈は立ち上がり、煙草に火を点けて、ぶらりと歩き始める。


 真紀は、朝比奈の一言に、呆気に取られて星空を見つめて、直ぐに朝比奈の後を追った。


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