第6話

 黎明町にある、全国的に有名な銀行には、利用する人が多いのか、それとも、駅の傍にしかないのか、人が多く込み合っており、蓮は宝くじの手続きを終えるまで1時間ほどの時間を費やす事となった。

 

 宝くじが当たった場合、1当選金あたり100万円以上の当選金ならばとある大手の銀行で換金を行う。

 

 当選金の受け取りに必要なものは、当たりくじのほかに、運転免許証、健康保険証などの本人確認書類と印鑑であり、1当選金あたり100万円を超える当選金の受け取りには、手続きの都合で1週間ほどかかる。


 また、受け取りまでに2週間程度の時間がかかるのと、書類を記入して提出したり、当選者のアンケートなどを書く場合があり、どちらにせよ蓮達にはすぐには当選金は届かない。


 銀行から出た後、彼等は駅の傍にある個人経営の喫茶店でコーヒーを飲みながら、思案に暮れている。


「なあよ、この金手に入ったらよ、皆で高級ソープランドに行かねえか?」


 まだ20代で青春の盛りなのか、蓮は鼻の下を伸ばしながらコーヒーをすすり、長年の憧れだったソープランドへ行くという提案を彼等にする。


「馬鹿野郎、第一こんなでかい金貰ってもな、親が許すと思うか? てかな、きちんと分配をしねえか? 後々になると厄介な問題になるぞ」


 宏は冷静になり、彼等にそう言い、コーヒーをすする。


「これは分配はするとしてだ、一人当たりが大体150万ぐらいだろう? きちんと計画的にしないとすぐに無くなってしまうぞ……」


 傑は煙草をふかしてそう言う。


「そうなんだよなあ、これからどうすっかなあ?」


「まあ、俺は貯金するがな。その内の何万かは風俗代になるが……」


「馬鹿野郎、それは無駄遣いだろうが。俺はフィギュアを買うがな。等身大のフィギュアが売っているんだよ」


「そっちこそ無駄遣いじゃねえか!」


「ど阿呆、文化的な貢献だろうが……」


「まあ兎も角だ、金の事は後にしてだ、お前らこれからどうするんだ?」


 蓮は宏達に尋ねる。


「うーん、俺はとりあえずは仕事を探すのだがな、少年院の経歴は消せないしなあ、派遣しかないんだよなあ……」


「俺もネットの事があるからなあ、ウエブ関係の会社は直ぐに調べるからなあ、仕方なくコンビニとかになってしまうんだよなあ。ホームページとかの作成の仕事があればいいのだがな……」


 宏と傑は溜息を付き、コーヒーをすする。


「俺も昔の経歴を調べられたらすべてがパーだしなあ。正社員で企業さんに入るなんざもう無理なんだよな……」


 蓮は溜息を付いて、煙草に火を点ける。


「なあ……」


 蓮は何かを思い立ったかのように口を開く。


「俺達でいっその事、会社を作るのはどうだ?」


 彼等は蓮の発言に、飲んでいるコーヒーを天井にかからんばかりに吐き出した。


「会社設立ったってな、特に誰でもできる株式会社とかは、法人税とか、保険料とか、色々な面倒臭いものが重なるんだぞ、お金もかかるし、第一一体どんな事業をするんだよ!?」


 傑は、一度言い出したら止まらない性分の蓮を冷静にさせるように、会社設立のデメリットを淡々と述べる。


「いやそれは何でも屋さんってのはどうだ? だってこの町の人達ってな、意外と困っている人とか多いじゃん。だから、何でも屋さん的な。それにな、個人事業主でやれば問題は無いだろう? 俺が個人事業主になってな、お前らを雇う感じにするわ。そっちの方がお金はかからないだろう。とはいっても給料は折半でな、どうだ?」


「んまあ、それ自体は悪くは無いのだがな、第一それにしたってな、肝心の部屋が無いだろう。いったいどうするんだよ?まあ、バイト感覚でやるのは面白いけどな、俺らどっちにせよ後は無いだろうからな……」


 宏は服にかかったコーヒーをお絞りでぬぐい、煙草に火を点けて言った。


「んー、部屋かよな。マンションの一室とかでやるってのはどうだ? お前らが保証人でな」


「ど阿呆、第一保証人はな、幾ら保証会社があるとは言ってもな、安定した収入が無いとダメやねんな。フリーターしかやっていない俺らがな、サラリーマンのように会社勤めしてて、それなりの安定した額を貰えるか?」


 傑は冷静に、蓮にそう言い放つ。


「でもよお、俺達ってな、もう普通の生活は無理げーだろ? 詰んでんじゃん。一生に一度出来るかできないかの事だしなあ、俺は面白いとは思うのだがなあ」


 蓮は、目を輝かせながら、彼等にそう言って、店員にアイスコーヒーのお代わりを頼む。


「まあ、面白いからいいとしてだ、俺は親がいないからいい、傑もほぼもう無関心だろう。てかな、お前の親御さんがなんて言うかなんだよ。お前小学生の時に親父さんの会社が倒産してこっちに来たんだろう? 賛成すると思うか?」


「……」


「……まあ、止はしないがな、俺はともかくな、親御さんと腹を割って話をした方がいいと思うぞ、そろそろ警備のバイトの時間だから帰るわ」


「俺もそろそろ、動画でイベントがやる日だから帰るわ」


 宏と傑はテーブルにコーヒー代を置き、煙草をメッセンジャーバッグにしまい、立ち上がる。


「いや、お前はそれよかな変な副業なんかせずにな、普通にバイトしろや!」


「顔がグロイって言われて、どこも雇ってくれねーんだよ!」


 傑の一言で、周囲がどっと笑いの渦に包まれた。


 💰💰💰💰

  蓮の父親、正明は蓮が生まれる10年前に工務店を営んでいたのだが、近所にホームセンターが出来てしまい客がすべて取られて、それでも夜勤のバイトをしながら、蓮を3歳迄育て上げた。


 だが会社は倒産してしまい、蓮は黎明町に引っ越してくる。


 正明はめげずに契約社員で仕事を続けて、契約期間が満了になる寸前で正社員登用となり、そこでも出世をして、家族を養い続けた。


 蓮は正明が事業に失敗して苦労した事を珠代から聞かされており、このご時世で事業を続けても、もっても一年程度で終わっていくのだなと痛感してる。


 だが、自分達は正社員になるのにはハンデがある為、事業で細々と暮らしていくのしか道は無いのではないのかと思っている。


 正明はたまたま今日が仕事が休みであり、蓮は正明のいる部屋に行き、口を開く。


「親父、実は俺……起業をしたいんだ、宝くじが当たったから。それを使おうと思っていて……」


「はあ!?  何を言っているの!? こんなご時世に企業だなんて、無謀よ。それよりもね、細々とね、正社員の面接に行ったりとか派遣を続けて地道に暮らしていった方がいいわよ」


 珠代は正明が失業して、低賃金で働いていた正明をパートで支え続けていたのだ。


「……」


 正明は、黙ってテレビを見ながら煙草をふかしている。


(やっぱしダメかあ、細々と暮らしていくしか道は無いんだよなあ、あの宝くじで当たった金は、貯金に回して、高級ソープで使おう。そっちの方がいいのかもしれないな……)


 正明の煙草を吸い終えた後、正明は蓮を真面目な目で見つめる。


「……うん、あの頃の俺と同じ目だ」


「?」


「蓮、宝くじのお金は使っていい、事業を起こしてもいい。その代わり、途中で投げ出すな、俺と約束してくれないか?」


「あ、ああ……」


「ねえ、あんた何言ってるのよ、こんなご時世で、貴方も失敗したじゃない! そんな……」


「まあ、好きなようにやらせてやれ、たった一度の人生だ、やってみろ、ただ、借金をしてまでやろうとは思うなよ、限界までやれ……それを俺と約束してくれないか?」


「あ、ああ! 分かった!」


 蓮はウキウキな顔をして、自分の部屋に戻っていく。


 その様子を、珠代は溜息を付いて見つめている。


「ねえ、あんた、そんなこと言っちゃってさいいの?」


「でも、お前はそんな俺に惚れたんだろう?」


「……まあ、そうだけどさ」


「あいつの思い通りにさせてやろう、きっと何かある筈だ、あいつにはそんな力がある気がするんだ……」


 正明は、煙草に火を点けて、テレビに目を移す。


 珠代は溜息を付いて、テレビに目を戻す。


 3分後、チェックのネルシャツとジーンズに身を包んだ蓮が部屋に入ってきた。


「これからさ、宏たちと話すから、出てくるわ。遅くならないだろうから」


「ああ、わかった、行ってらっしゃい。遅くなるようならば連絡をくれな」


「ああ、行ってきます」


「うん?」


 蓮の後姿は、大きく、光を放っているのが正明たちには見える。


「……なあ、見えたか?」


「ええ、見えたわ」


「あいつ、その内でかい事をやるぞ、そんな目をしていたんだ、さっき……商売の神様に好かれているんじゃないのか? 多分だが……」


「そうね、暖かな目で見守ってあげましょうね」


 正明と珠代は、自転車で出ていく蓮の後姿を、いつまでも見つめている。


 


   

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