第4話

 治験バイトとは、新薬の効き目や安全性について確認するために、実際にその薬を試す被験者となるバイトであり、病院や薬局で渡される薬は治験ボランティアの命懸けの実験を経て厚生労働省の承認を得た薬を使用している。

 

 治験とは、薬として国から承認を得るために厚生労働省の指導のもとに実施している臨床試験のことあり、新しく開発された薬の有効性の確認や安全性を評価するために繰り返し試験が行われる。


 第1相~第3相まで試験段階があり、各段階のデータ結果をまとめて厚生労働省に提出し、承認を得て薬として使用されるようになる。


 治験には入院するタイプと通院するタイプに分かれ、。通院タイプは比較的拘束時間が短く、入院の場合は数日~1ヶ月程度施設に入院することになる。


 どちらのタイプも薬やサプリメント、健康食品などを服用し、服用後の変化を調べるために行われる。


 治験の内容によって頻度や量は異なるのだが、殆どの場合、採血が行われ、入院の場合は、他の被験者と集団で入院することになり、起床、消灯、食事時間などは決まった時間に行われる。


 治験バイトの相場は命がけでの仕事である為に他のアルバイトに比べて高額で、日給で1日あたり1万円~2万円程度が相場、入院タイプの方が拘束時間が長い分、通院タイプよりも日給は高くなる。


 💰💰💰💰


 蓮達は都内のとある病院で健康診断を受けて、異常が無い事で治験を受ける事が出来、ひと月分の着替えと簡単な洗面道具、そして暇潰しのゲームを持ち、入院先の病院の待合室で担当の人間と共に待つ事となった。


「異常なしだな、健康診断の結果っていつも緊張するんだよな」


 蓮は健康診断の結果の紙をひらひらとさせて遊んでいる。


 それもそのはず、Y県での暮らしでは不健康だったのが、黎明町に戻り実家で栄養のある食事をして休みの日は近所の体育館のトレーニングルームで汗を流している為、何処も異常が無く健康体であると医者から太鼓判を押されたのだ。


「……そうか、良かったな」


 傑はなぜか浮かない顔をしている。


「何だよそのしけた面。ちょっと見せろよ」


「やめろよ」


「別にいいじゃねえか!」


 蓮は傑の健康診断の結果を無理やり奪い、書いてある内容を見やる。


『精神障碍者手帳3級 診断名 欝病』


「……!?」


「ああ、ばれちまったか、俺は精神障碍者手帳を持つ障碍者だ……」


 傑は悲しい表情を浮かべて、下を向く。


「何だよその、何とか手帳って……」


「精神障碍者だけに、国から支給される手帳だ、俺は前の会社で病気になって、親の勧めでこれを取る事にしたんだ……」


「……ああ、聞いたことがある。うちの近所にも障碍者が住んでいる、その人達は何とか年金を貰っているのだが、ひょっとしてお前まさか貰っているのか?」


 蓮の脳裏には、自分の住んでいる部屋の隣にいる車いすの介護者と親が仲良く話をしており、障碍者年金の事を話していたことが思うい株。


「ああ、貰っている」


「幾らぐらいなんだ…‥? てか、その障害年金ってのは……?」


「障碍者年金はな、障害で働けなくなった人の為に国がお金を支給するシステムで、人によってだが、厚生年金に入っていれば障害厚生年金、国民年金だけならば、障害基礎年金と別れる。俺は5年ぐらい厚生年金のある職場にいたから、厚生年金の方だ、実は……月に5万円貰っているんだ」


「すげえな、ならば、働いても貰えるんだべ? 普通に働いて……」


「いやな、これはな、働く事が出来ない人間に支給されるシステムで、長時間のフルタイムで働いてしまったら支給は停止になるか、最悪の場合貰えなくなる。精神の方の障害厚生年金の等級は1級から3級に分かれていて、俺のは3級で、フルタイムで働いても停止にはならないと思うのだが、念を入れて短時間の仕事しかできないんだ。……それに」


 傑は悲しい表情を浮かべるのを、蓮は見逃さなかった。


「それに?」


「あ、いや、何でもない。障碍者は何処も雇わないって話ってだけだ」


「そっか」


 蓮は、傑が何か重大な隠し事をしているのではないのかと疑うのだが、その疑念は他のものをみて消えていった。


 蓮の目の前には、傑と同じ痩せ型で、身長が190㎝程あり、頬に切り傷がある茶髪のパーマをかけた男が見え、傑への疑念は消えていき、そちらに気を取られる。


「なあ、あいつってさ、宏じゃねえか?」


「宏?」


「覚えてないのかよ? 昔いたべ、宏って。俺らとよく遊んだ奴だよ」


「ああ、いたな」


「あいつだよ」


 蓮は立ち上がり、その男の尻に人差し指を刺す。


「何だよ、痛えな!」


 その男は、初対面にも関わらずに自分の尻に指をさす非常識な蓮に向かい怒鳴りつける。


「宏! 俺だよ!」


「うん? 蓮! それに、傑じゃねえか!」


 それは、荒木宏(アラキ ヒロシ)と、蓮達との2年ぶりの再会であった。


 宏は高校卒業を控えた2月、隣町との高校で大きな喧嘩があり、ふとしたきっかけで喧嘩相手に怪我を負わせてしまい、少年院へと入れさせられてしまった。


 喧嘩した相手の怪我は大した事は無かったのだが、宏は中学の時に街中での喧嘩で鑑別所に半年ほど入っており、前歴から少年院へと入る事になってしまったのだ。


 治験ボランティアが行われている病室に入院している間、彼等はいろいろな事を昼夜問わず話した。


「ふーん、てかお前がまさか、首になるとはな……酷いものだな、そこは。まあ俺も似たようなものなのだがな」


 宏は蓮をまじまじと見つめて、溜息を付く。


「お前は少年院を出た後何をしていたんだ?」


「俺は、前科が付いちゃったし、高校も中退したからな、19歳の時に少年院を出た後は、フリーターのお決まりコースだったよ。前歴を偽装して入ったけれども直ぐに噂が広まってな、直ぐにばれちまう。今別の街で暮らしているんだよ。親父達は東北の方へと逃げて行っちゃってねえ、俺今一人で生きていかなればいけなくなったんだよ……」


「そうか、黎明町には戻ってこないのか?」


「うーん、戻ろうにもなあ、でももう噂は消えているけれどもいいが、問題は住む場所なんだよなあ、俺住んでいるのは黎明町の隣の明神町なんだけど、保証人がなあ、いないんだよね。今住んでいる場所も保護担当の職員さんが保証人になっているようなものだしなあ」


「んならよ、保証人がいなくても保険金払えば普通に入居できるアパートがあるぞ、そこでいいんじゃねえか? 黎明町にそんなアパートが何件かあるぞ」


 傑はそう言って、最新式のタブレットで購入した電子書籍に目を戻す。


「んなら、そこに行ってみるかな、もう俺の噂とか消えているからな」


「んな、当たり前だろうが、何年経っているんだ? それにな、普通に職場に年少上がりの奴とかいるぞ」


 蓮はにこやかに、宏にそう言う。


「なら、戻るわ。とりあえずは、仕事を探してからだなあ……」


「宝くじでも当たればなあ」


 傑は溜息を付く。


「宝くじ当たったら起業でもしてみたいものだな」


 蓮は冗談交じりでそう呟く。


「んならよ、ここ出たら買ってみるか、1枚ぐらい」


「いいかもな。ダメもとで、俺起業したら社長な!」


「俺が社長だよ!」


「俺だよ! てめえらに任せたら会社が潰れちまうだろうが!」


 カツコツと、廊下から誰かが向かってくる足音が彼等の耳に聞こえる。


「病室では静かにお願いしますね!」


 腹の出た女性の看護師は彼等にそう怒鳴りつけて、踵を返す。


 その後ろ姿に、蓮達は中指を立てた。

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