底辺労働者の俺、会社をクビになり起業して不景気な現代社会で無双する!
鴉
プロローグ:喧嘩、そして解雇
第1話
派遣社員は、人間として扱われない地獄の労働だと、ある派遣社員はぼそりと、居酒屋で友人に呟いた――
「おい、遅いんだよ、このクソ野郎が!」
その、腹の醜く出た中年の男は、タバコを口にくわえながら座っている椅子を作業中の派遣社員に向けて蹴り飛ばす。
平成のバブルの時に作られたという、20年は楽勝で経過しているベルトコンベアは、ギィギィという情けなく、場末のバーで演奏する三文アゴースティックギター奏者の奏でるメロディーに似た音楽を30畳ほどの部屋の中で響き渡らせる。
ベルトコンベアから出てくる鯖は、ノルウェー産だと銘打っているのだが、本当は名も知らない小さな港町から二束三文で買い叩いたものである。
「ん?」
派遣社員の小田切蓮(オダギリレン)は、唯一の自慢とも言える裸眼視力2.5で、その貧相な鯖にある異常を発見した。
「テメェ早くしろや! テメェの家族の住所みんな知ってっからなぁ、乗り込んで潰すぞ!」
「石渡さん、寄生虫がいます!ここは……」
石渡という、自分よりも目上の者にはとことんまで媚びへつらい、目下の者にはキツくあたる腹の出た蓮よりも30歳は年上の上司は、蓮を見て睨みつける。
「あぁ!?んなもんなぁ、別にどうだっていいんだよ! 売り上げさえ稼げればいいんだよ、寄生虫がいて人様が腹を壊そうが関係ねぇんだよ! 早くしろやテメェ!」
石渡は壁に蹴りを入れて、その場を立ち去り、椅子へと座りにもどろうとする。
(おい、確かこの前も鯖が腐ってても別にいいっていってたなこの人……)
(寄生虫がいてもいいって言っていたな……)
蓮と同じ派遣社員の同僚は、石渡が以前にやったことをひそひそと、聞こえないような声で話す。
「あ!? おいてめえら、俺に逆らったら首だからな! 俺はこの街の名士だからな!」
石渡はベルトコンベアに流れる鯖に唾を吐きかけて、火気厳禁の部屋なのにも関わらず、煙草に火をつけようとする。
「おい……」
「あ?」
蓮の拳が、石渡の顔面にめり込み、石渡は床に倒れ落ちる。
「売り上げが上がればどうでもいいだと!? テメェ人様の口に入るものをそんな気持ちでやっていいのか!? ええ!?」
石渡はまさか殴られるとは思っていなかったのか、恐怖に仰け反った表情を浮かべて、蓮を見やる。
周囲は羨望の視線を蓮に送る。
💰💰💰💰
社会人にとって暴力事件はタブー中のタブーであり、蓮はすぐさま派遣先の上司と警察に呼ばれて、取り調べを受けている。
「だからこいつが、鯖が腐っているのに……」
「証拠はあんのかテメェ! 俺この街で顔が効くから働けなくしてやんぞ!」
事件で有罪になるか否かは、日本の警察で言えば現場証拠が全てであり、この会社の社員は性根が腐っているのか、寄生虫がいた鯖を全て廃棄処分にしてしまっていた。
いくら蓮が学生時代に喧嘩で鳴らしたとはいっても、警察署の中にいる石渡を殴り飛ばすわけにはいかず、口だけの争いになっているのだが証拠が全て破棄されてしまっているとなれば分が悪い。
派遣先の上司、浅田は厄介払いができるとばかりに、「こいつは勤務態度が悪い」などと一方的に蓮の事を悪く言う。
上司に媚び諂えば、今の状況は変わったのかもしれないのだが、甲斐性のない蓮はそれが出来ずに誰も蓮を庇おうとはしない。
「小田切さん、慰謝料を支払わなければ貴方は罪に問われますが、どうなさいますか?」
草履のような平べったい顔をした、夜勤明けで眠そうな顔をしている警官は、街の有力者である石渡を責めずに贔屓目にして扱い、よそ者である蓮に辛くそう言い放つ。
「あぁ!? 上等だよ、支払えばいいんだろうがよ! こんなクソ企業辞めてやるわ! ネットに書くさかいにな! くそったれ!」
蓮は椅子を思い切り蹴り飛ばし、部屋を出て行った。
💰💰💰💰
6畳一間、家賃4万円のぼろアパートの部屋の中はベットとテレビ、最低限度の日用品しか置いておらず、パソコンは無駄とばかりに、代わりに格安SIMフリーのスマホが置いてある。
25歳というまだまだ青春を謳歌してもいいと差支えがない年齢なのにもかかわらず、マンガ本の一つや二つがない殺風景な部屋に蓮が済むようになってから7年が過ぎた。
初めて入った中小規模の建築会社は、サービス残業とパワハラが酷くて、それでも何とか5年は持ったが、感情を抑えきれずに上司と口論になり退職した。
会社をクビになった人間を雇う物好きなどはどこにも存在せずに、職歴を偽造しようにもマイナンバーですぐに分かる為に、日雇いのアルバイトを転々として、先日まで勤めていた派遣会社に入ったのが2年前。
石渡のパワハラはその頃から顕著にあり、何人もの同僚が悔し涙を流しながら辞めていき、中にはハローワークや労働基準監督署、個人で入れる労働ユニオンに全てを話したが、街の名士であり力がある石渡は罪に問われることができずに泣き寝入りという形になった。
「どうすりゃいいんだ……?」
蓮は誰もいない部屋の中で溜息をつく。
退職してから二週間が経ち、離職票を受け取ったのだが散々なことが書いてあり転職は絶望的、ならばアルバイトではどうかと言えば、ネットに書いてある単発のバイトですら名前を出せば「事情は聞いているからいらない」と言われる始末である。
(貯金がねぇ……!)
派遣会社による解雇通知を不本意ながら頂き、慰謝料にお金を全て持っていかれ、無職となった蓮は残り少ない貯金で失業保険迄食いつないでいたのである。
(酒なんざ飲むんじゃなかったなあ……)
蓮のそばに置いてある空の酒ビンは、クビになった時にやけ酒で飲んだものである。
(仕方ねぇ……)
蓮は、思い立ったかのように、スマホを操作する。
電話の呼び出し音が鳴り響き、誰かが電話に出る。
「はい、小田切ですが、どちら様でしょうか……」
中年の女性らしきその、軽くソプラノが入った声は、蓮の電話番号を登録していなかったのか、電話の主が卑猥な電話か振り込め詐欺かと勘ぐっている。
それもその筈、蓮は高校卒業をしてすぐに親と喧嘩をして出て行ったのだ。
「……母さん、蓮です」
「蓮! どこにいたんだい!? 2年も家出なんてしちゃって! お父さんね、お前のことを心配していたんだよ! いま何をしているんだい!?」
「今な、Y県にいるんだよ、実は俺、会社をクビになったんだよ……」
「今父さんに変わるからね、今すぐうちに帰ってきなね!」
部屋の中で蓮のすすり泣く声が響きわたる。
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