第一章:再会
第2話
夏の暑い盛り、蓮は向日葵の咲く公園でベンチに腰掛けてコーヒーを飲みながら、雨雲ひとつない晴天の空を見つめている。
公園では、麦わら帽子を被った少年達がスマホを片手に、小さなモンスターが活躍するというゲームをやっているのが蓮の視界に映り、微笑ましい顔つきになる。
――蓮が、生まれ育った地元のG県L市黎明町に戻ってから、一月の時間が流れた。
(あーあ、良い加減に正社員になりたいものだぜ……)
蓮はため息をつき、煙草に火をつける。
会社を解雇になり、大した資格がない蓮を雇う心の広い会社などはどこにもない。
一度、名も知らぬ中小企業の警備員の正社員には採用されそうになったのだが前職照会で蓮の過去のことがバレてしまい、採用は見送られる形になり、仕方なく単発の日雇いのバイトで家に生活費を入れている。
今朝まで夜通しで働いており、仕事が終わったのがほんの2時間前、バス停のそばにある公園で一息を入れようとしてベンチに座ったら寝てしまい、つい先ほど起きたのだ。
(そろそろ帰るか……)
蓮は煙草を飲み終えた缶コーヒーの中に入れて大欠伸をして立ち上がる。
💰💰💰💰
黎明駅から自転車で15分ほど離れた場所にある公団住宅に、蓮の家族は住んでいる。
蓮は高校を卒業して、会社をすぐに辞めてしまい両親と喧嘩になり、半ば強引に家出をしてY県へと移り住んだ。
会社をクビになった後、父親の正明はすぐさま蓮のアパートへと出向いて引っ越しの費用を全て出して実家に戻ってきた。
学生の頃、身長は185センチ、体重は80キロで体脂肪率は10パーセントだった蓮の立派な体は不摂生がたたり体重は60キロまで落ち込み、ようやく元の体に戻ってきたのがほんの一週間前である。
「ただいま」
玄関を開けてスニーカーを脱ぎ捨てて家に上がると、正明と母親の珠代はテレビを見ている。
「おかえりなさい、ご飯そこにあるからね」
「あぁ……」
ふあぁ、と蓮は軽く欠伸をして台所に置いてあるカレーを電子レンジに入れる。
「蓮、たまには居酒屋にでもいってきたらどうだ? お前溜まっているだろ?」
正明はコーヒーを飲みながら蓮にそういう。
「なんだ珍しいな……たまには行ってくるよ、晩御飯いらないからな」
蓮は欠伸をして、煙草に火をつける。
💰💰💰💰
蓮にとって黎明町は地元なのだが、学校時代の同級生は離れ離れとなり、連絡をしても遠い県に行っているだとか、若くして結婚をしたなどで、近くに友人はいない。
では、飲みに行けば良いのだろうが、正明は帰ってきて金がない蓮に飲みに行くのを許さず、家で暇をしているのである。
(久しぶりの酒だなぁ……)
家で飲む酒といえば、プリン体ゼロの発泡酒であり、久しぶりの酒に蓮は楽しみで仕方がない。
黎明駅辺りは昔は閑散としていたのだが、流石に不景気の影響で都市開発を行うようになってから、居酒屋やスナックができ始めているのが蓮の目に飛び込んでくる。
(ここにすっかなぁ……)
蓮は『さーふぃん』と書いてある黄色い看板に目が止まり、自転車を入り口のそばに止める。
(ふざけた名前の店だなぁ……)
『ビール250円 ナンコツ200円 おつまみセット1000円』
(美味そうだなあ……)
その店の値段は良心的といえば良心的で、働いているとはいえ月の小遣いが20000円である蓮の懐にとっては優しい値段である。
蓮は扉を開ける。
良心的な値段とは裏腹に、客が2.3名しかいない店内は閑散としており、掃除は行き届いているのだがパッとしない店内を見て蓮は不安に駆られる。
「いらっしゃいませ」
カウンターから、金髪の、蓮と同じ歳ぐらいの女性が黒のエプロンをして出てくる。
「何名様で……え? 蓮?」
蓮はその、鼻筋が通り目がぱっちりとした人形のような顔をした女性を見て、エロ動画のサイトを検索するのにしか使わない回転が鈍い頭が驚くべき勢いで回っていく。
紺のブレザーを着てミニスカートで、高校生の身分なのにも関わらず煙草を吸っている、濃い化粧をした女の子の顔が蓮の脳裏に浮かび上がる。
「凪か……?」
「久しぶりね……」
それは、蓮と剛力凪(ゴウリキ ナギ)の、2年ぶりの再会であった。
💰💰💰💰
凪と蓮は、幼稚園からの幼馴染で、黎明町では最底辺の偏差値の黎明高校に通い青春の日々を謳歌した。
仲間と共に高校を卒業した後に、凪は都内の調理師学校へと進学、蓮は地元から二駅ほど離れた建築関係の会社で働くことになったが、凪の携帯電話番号がつながらなくなり自然に縁は切れた。
「お前、今まで何していたんだ? しかもこんな一等地にお店なんて構えて……親父さんたちは元気なのか?」
「うん、実はね、私が学校を出た直後にね、二人で北海道に旅行に出かけたんだけど飛行機が墜落しちゃってね、ここでやってるってわけ。地元に戻って暫く隣町の居酒屋で働いていたらここの場所が当たってね、お父さんたちの保険金使って店を建てたのよ」
「すげぇな……」
「あんたは何してるの?」
「俺は……」
蓮は凪に全ての経緯を話した。
「ふぅん、あんたも苦労してきたのね。仕事見つかると良いね」
「あぁ、お前もこの店繁盛すると良いな、てか、お客さん全然いないじゃねぇか……こんなによ、美味いのに……」
「だってね、ここできたのってつい先月よ! 他の店にお客さん取られちゃってね、なかなかここら辺競争率が激しいのよ」
凪は溜息をつき、タバコを口にくわえる。
「そっか……」
扉が開き、黒縁の眼鏡をかけた、拒食症のように風が吹けば飛んでしまう体躯の男が入ってくる。
「いらっしゃいませ、カウンターでよろしいでしょうか?」
「ええ……うん? 凪に蓮、か……?」
その男は、じろりと蓮たちを見やる。
「え?」
蓮はその、病的なまでに痩せた男に見覚えはない。
「俺だよ、傑だよ」
「傑?……お前、かなり痩せたな!」
蓮の脳裏には、体重100キロはあろうかという肥満体で、常にスマホをいじっている銀縁の分厚い牛乳瓶底の眼鏡を掛けたオタクの姿が思い浮かぶ。
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