第8話 

 次の日、蓮たちは朝比奈との待ち合わせの朝比奈不動産へと出向いた。


 朝比奈不動産は駅の一等地に店を構えており、大きな店であり、彼等は思わず武者震いをする。


「おい……」


 宏は蓮の顔をまじまじと見つめる。


「何だよ?」


「お前、なんか目つきがギラついてるぞ、寝る前にAVでも観たのか?」


「観てねぇよ、てかお前こそな、乳首立ってるぞ」


「どこ見てんだよ、この変態野郎!」


「……」


 傑はそんな彼等のどうしょうもないやりとりを見て、何かでかいことをやるのではないかと感じている。


 彼等は何か大きなことをやる時にそんな癖が出るのである。


「傑……」


 蓮はスマホばかりいじっている傑を見て呟く。


「なんだ?」


「お前、あそこ勃ってるぞ……」


 傑もまた、何か大きなことをやる時にはそんな癖があるのである。


「てかな、しっかりしろよお前ら。これからビックになるんだよ……!」


 傑は蓮にそう言って、朝比奈不動産の外観をまじまじと見つめる。


 朝比奈が一代で築き上げたという、その店はこの町一帯の土地をしめるという。


 蓮たちが暮らす公団住宅も元々は朝比奈の土地で、30年以上前に土地を国に売り建てたという。


「お前は事業主だろ? どーんと構えてろや!」


 宏は蓮の肩を叩く。


 昨日の晩、彼等は酔っ払った勢いでじゃんけんをして事業主を決めた。


 傑と宏はチョキで、蓮はグーであり、蓮が事業主となっていた。


「あぁ、そうだな、行くか!」


 蓮は扉を開く。


「やあ、いらっしゃい……」


 そこには、部屋の奥に大きなデスクと二台のパソコンを構える朝比奈がいた。


💰💰💰💰


 ビルの手続きはかなり蓮にとっては神経を使うものであり、それは派遣会社で簡単な手続きを行うよりも遥かに疲れが伴うものである。


 書類全てに印鑑を押し終えて、蓮は軽く溜息をつく。


「うん……これで終了だね。後は二週間後にお金を持ってきて、正式に手続きは終了だね」


「は、はあ……」


 蓮は自信なく、朝比奈にそう言って、受付の人に出されたコーヒーを口に運ぶ。


「ところで君達は、これからやることは決まっているのかな?」


「うーん、それが……何でも屋さんなんすよ」


 昨日の晩、酔っ払った勢いで彼等は何でも屋さんをやろうかと決めたのだ。


「あ、いや、SNSで今仕事の募集をかけてまして、それによって決めようかなと」


 傑は朝比奈にそう伝える。


「何でも屋さんか、いいね。この街には一人暮らしの高齢者が多いからね、介護とかの便利屋をやるのもいいかもしれないね」


 朝比奈は子供を見るような優しい目で、彼等を見やる。


「ところで名前は決めてあるのかい?」


「いやそれは、これからっすね」


 宏は朝比奈にそう伝える。


「まぁ、うまく行くといいね。今後ともこの店をよろしくね」


「は、はい、失礼します」


 蓮たちは立ち上がり朝比奈に一礼をして、書類を持ち踵を返して店を後にしようとする。


「!?」


 朝比奈の目には、蓮の後ろ姿がかなり大きく見える。


💰💰💰💰


 先日引っ越してきたという宏の部屋は、直ぐに来たばかりなのだが、荷物といったら必要最低限のもので、3LDKの部屋の中にあるものといったらホームセンターで買ったベット、炊飯器、電子レンジにテーブル、小さな冷蔵庫とノートパソコンに30インチのテレビといった具合である。


「なんかよ、凄え殺風景な部屋だな」


 蓮は、以前の一人暮らしをしていたときのことを思い出す。


「そうなんだよな、マンガ本とか欲しいんだが金が無いんだよなー」


「でも仕事決まったんだろ?」


「そうなんだよな。一応。明神町でスーパーのレジ打ちだが。あーあ、年下のバイトリーダーにこき使われるんだよな。最賃だしよ……」


「まぁ、必ずビッグになろうや」


 蓮はそう言って、テレビをつける。


「なぁ、てか傑お前SNSやってるのか? Quitterだったっけ? 大丈夫か?」


「あぁ、もうネット民は忘れてるだろうしな、てか第一に前の俺のアカウント消したし、スマホやパソコンも変えたんだ、偽名でやってるから俺が特定される要素はどこにも無いな……」


 傑はそう言ってスマホを見やる。


「ふーん、中古のパソコンが欲しいって依頼があるな、町の掲示板だが。俺パソコン作れるから、やるか?」


「馬鹿言え、第一その前にネーミングだろ? ラッキーってのはどうだ?」


 宏はテレビのチャンネルを変えながら適当に傑にそう言う。


「馬鹿野郎、それって前行ったピンサロの名前じゃねぇか、もっと他にいいネーミングとかってないのかよ?」


 テレビでは、某有名な実業家が、熱弁を振るっているのが彼等の目に飛び込んでくる。


『んなね、個人事業主ったってね、所詮はね、力の無いものは一発屋ですよ……』


 宏達は彼を知ってはいたが、歯にものを着せず暴言に近い発言をする彼をあまり好きにはなれないでいる。


「一発屋ってこいつ失礼な事を言ってやがるぜ、必死に生きている人がいるのになあ……!」


 蓮は、自分達や正明を馬鹿にされたような気持ちになり、テレビに出ている、最近有名になり発言権を得ているこの男に怒りを露にする。


「全くだ、最低だなこの野郎、青年起業家か何か知らねえけれどもな……吉枝だっけ?」


「ああ、ヨシヨシって言われてる馬鹿だ、年は俺らと同じ25歳で、T大通いながらITかなんかの会社を設立したんだよな……」


「一発屋か……でもいい響きだな、なぁ、それにするか?」


 蓮は一発屋という名前に惹かれたのか、テレビを食い入るようにして見つめる。


「……いいな、それ。それにするか」


「あぁ、それにするか」


 宏と傑もそのネーミングに惹かれたのか、顔を縦にふる。


「よっしゃ、一発屋だ!」


 蓮は拳を高々とあげる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る