ショートショート Vol7 夕立と 海と 濡れたワンピース
森出雲
夕立と 海と 濡れたワンピース
上空数千メートルから、大粒の水滴が無数落ちて来る。
バシッ、バシバシッと激しい音をたて、真夏の太陽に熱せられたアスファルトに跳ね、ほんの一瞬クリアグラスの花を咲かせる。
見る間に、道は小気味の良い噴水の様に水で溢れ、纏わりつく湿っぽい空気が、ほてったむき出しの上半身を包んだ。
そして、ほんの数分間、夕立の楽曲がエンディングを迎える頃、日向と埃の混ざった噎せる匂いが、渇いた肺に抗いながら満たした。
緩やかな下り道に、うっすらと小川を作った夕立は、最後に数回トタン屋根を叩くと、嘘のようにその楽曲の演奏を突然止めた。
僕は、腕に通していたヘルメットの中から、カンガルー革の薄手グラブを手にハメ、雨宿りの僅かな屋根の下から顔を覗かせ、田舎道の両側を見た。
右は、小さな林の中を通り過ぎて来た、峠の山道。
左は、僅かにカーウ゛しながら、下って行く海への道。
どちらの道からも、車も勿論人の来る気配も無く、ただ時折、風が林の木々に「ツモッタ」水滴を飛す身震いのような音が聞こえるだけ。
僕はまだ充分に熱の残ったKawasakiに跨がり、キーを回す。
車体を立てヘルメットを腕から抜き、まだ見えない海のそばで待つ君を思い出した時、トタン屋根から最後の一滴が僕の首筋に落ちた。
――あっ?
雨に濡れてバックミラーに袖を通していた「SURF DESIGNS」のTシャツを外して、仕方なく袖を通す。
きっと君は、防波堤の上で雨に濡れたまま海を飽きる事無く見ているんだろうね。そして、一時間遅れで到着した僕に、ほほ笑みながら言うんだ。
「あなたが遅刻したせいで、卸したての新しいワンピースとあなたのために二時間かけてセットしてもらった髪が夕立で台無しになってしまったわ。この責任はどう取ってくれるのかしら?」
君はズルイよ。
だって、僕が遅刻することも、いつもこの時間、夕立が降ることも知っているくせに……。
僕はポケットの中のエンゲージリングを確かめ、まだ匂い立つアスファルトにKawasakiを滑り出させた。
次のカーウ゛を曲がると、きっと夕焼けの広がる君の待つ海が見えるはず。
僕は、思わずスロットルを開けた。
ショートショート Vol7 夕立と 海と 濡れたワンピース 森出雲 @yuzuki_kurage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます