生徒会長の秘め事

ジータ

生徒会長の秘め事

 学校の体育館、その舞台上にその少女はいた。絶世と言って過言ではない容貌、長く伸びた黒髪は肌の白さを際立たせている。

 

「今日で一学期も終わります。明日からは夏休みとなりますが———」


 彼女は生徒会長、桜小路綾乃。才色兼備、文武両道……彼女は尊敬と畏敬の念を込めて『桜の女王』と呼ばれている。


「この学園の生徒として、恥ずかしくない行動を心掛け———」


 舞台上に立つ綾乃の姿を、誰もが真剣に見つめていた。鈴の音を転がしたような声に聞き惚れ、うっとりとしている者までいた。

 しかし、そんな彼女のことを詐欺師でも見るような顔で見つめる少年が一人。

 その少年の名は白峰零斗。生徒会副会長を任されている人物だ。

 舞台袖から彼女を見る零斗を、綾乃はチラリと一瞥する。


(ほんと、すげーなあいつ)


「それでは、皆様が良き夏休みを過ごせるよう、祈っております」


 舞台上での挨拶を終えた綾乃が零斗のいる舞台袖へとやって来る。

 舞台袖に控えていた生徒会役員達が綾乃の元へと駆け寄り、こぞって賛辞の言葉を口にする。


「お疲れさまでした会長!」

「素晴らしい挨拶でした」

「そんな、こんな挨拶なんて誰がやっても同じですよ」


 一人一人に丁寧に対応していく姿もまた、綾乃が慕われる理由の一端だろう。

 それを見ていた零斗のもとに、綾乃がやって来る。


「どうしました白峰君。私に見惚れましたか?」

「そんなわけねーだろ」

「あら、それは残念です」

「白々しいんだよ」

「まぁ、悲しいです。あんまり冷たくされると泣いてしまいますよ?」

「お前ほんと……はぁ」

「ふふふ、それではまた後ほど」


 クスクスと笑って綾乃は離れていく。

 零斗はその後姿を見ながら再びため息を吐いた。




放課後、生徒会室にて一学期最後の会議が行われていた。


「それでは皆さん、一学期もお疲れ様でした。後の仕事は私と副会長でやっておきます。それでは二学期もよろしくお願いしますね」

「そんな会長、僕達も手伝います」

「そうですよ、会長。副会長って頼りないですし、私達がいた方が早く終わりますって!」


(頼りないって、本人目の前にして言うなよ)


綾乃の信者のような彼らは、唯一綾乃が指名で選んだ副会長である零斗のことを目の敵にしているような節がある。

もちろん、零斗が綾乃に選ばれたのには理由があるわけなのだが。


「皆さんの気持ちはありがたいですが、私と副会長にしかできない仕事もありますので。それに、白峰君は十分頼りになりますよ? 少なくとも私は頼りにしています」

「それは、でも……わかりました」


 あまり食い下がっても効果がないと思ったのか、他の生徒会役員達は了解を示し、帰っていく。

残されたのは生徒会長と副会長の二人だけ。沈黙が部屋の中を支配する。


「帰った……かな?」


 時計の秒針が三周するほどの時間を置いてから、綾乃が零斗に問いかける。

 

「帰っただろ」


 零斗が問いかけに答えると、綾乃が椅子にドカッと大きな音を立てて座る。それは品行方正で知られている綾乃からは考えられない行動だった。


「はぁああああああ、つっかれたー」

「でたな本性」

「んだよ、いいだろ別に。ここにはオレと零斗しかいないんだから」


腰の下まで下していた長い黒髪を結い上げながら綾乃は言う。これこそが綾乃の本性だ。

 この秘密を知ってしまってから、零斗の綾乃に振り回される日々は始まった。


「だいたいさー、あいつらホントおかしいと思わねーか? 会長、会長ってさ。犬かよって言いたくなるわ」

「そんだけ慕ってくれてるならいいことだろ」

「それはそうなんだけどさー。オレとしてはもうちょっと気安くていいというか……あいつらオレのことになると盲目すぎるというか……」

「お前があたふたしてるのは見てて面白いけどな」

「なんだよそれひでーな。ってか、お前は馬鹿にされて悔しくないのかよ」

「別に、何とも思わないけど」

「なっ! ちょっとくらいは気にしろよ! あいつらお前のこと何も知らないくせに———あぁ、もういい! それよりも、さっさとすませるぞ」


 先ほどまでうってかわって、一気に話し出す綾乃。普段の綾乃しか知らない者がこの様子を見たなら、きっと自分の正気を疑うことだろう。


「それで、仕事ってのは今回もやっぱり……」

「そうだ、オレに送られてきたラブレターの処理だよ」


 そういって綾乃が取り出したのは大量のラブレター。綾乃はずっとこうして送られてきたラブレターを、零斗と共に処理しているのだ。


「今回もまた大量だな。どれか受けてみる気はないのか?」

「あるわけないだろ! 気持ち悪いこというなよ!」

「……ふーん」

「何度も言ってるがな、オレは『男』なんだ! なんで男と恋愛しないといけないんだよ!」


 これこそが零斗と綾乃が抱える最大の秘密。

 桜小路綾乃が『男』であるということ。

綾乃はこの秘密を守るために零斗を自分のそばに置いているのだ。

ではなぜ、零斗が綾乃の秘密を知るにいたったのか……ことは高校一年生の二学期にまで遡る。









~~~~~~~~~~~~~~~


零斗が初めて綾乃を見たのは、校門で演説をしている時だった。

綾乃の存在自体は零斗も知っていた。すでに学校内でも有名な生徒だったからだ。噂に聞く程度では、そんなすごい生徒がいるのか、という印象だったが、実際に目にしてみて、なるほどこれなら有名にもなるだろうと零斗は思った。

そこらのアイドルなど裸足で逃げ出すであろう美貌。世が世なら傾国の姫とでも呼ばれていたかもしれない。しかし、言ってしまえばその程度の感想だったし、自分のような人間と関わり合いになることはないだろうと零斗は思っていた。その週の土曜日までは。

綾乃を初めて見た週の土曜日、零斗は少し離れた町の本屋へと来ていた。その日は零斗がずっと心待ちにしていた本の発売日だったのだ。

本屋に入って、目的の本を探す零斗の目に映ったのは、あからさまに怪しい恰好をした人物だった。

黒い帽子を被り、黒いコートを着て、マスクをしている。通報されてもおかしくないほどその人物は怪しさに満ちていた。

周囲の人たちも店員も遠巻きに見ているが、決して近づこうとはしない。

しかし、件の人物がいる場所をよくよく見てみれば、零斗の買いたい本の新刊が置いてあるコーナーだった。そこで数冊の本を手に取り、うんうんと悩んでいる様子だった。

 しかし、ここでジッとしていても仕方ないと思った零斗は、その新刊コーナーへと近づいていく。

 そのタイミングで買う本を決めたのか、怪しい人物は数冊を手に持って早足で歩きだす——零斗のいる方向へ向かって。


「へっ?」

「あ、うわっ!」

 完全に不意を突かれる形だったので、二人はそのままぶつかってしまう。そしてその衝撃で、怪しい人物が被っていた帽子が取れてしまう。


「いってぇ……あ、ごめん。大丈夫か? オレ、前見てなくて———」

「あぁ俺も不注意で……」


 手を差し出してきたその人の顔を見て、零斗は思わず絶句する。


「ん? どうかしたか?」

「……桜小路?」

「———え」


 零斗に名前を呼ばれた綾乃の顔がみるみるうちに真っ青になっていく。


「桜小路だよな? っていうか、今『オレ』って言った?」

「え、あ、まさか……お前、同じ学校の…」

「あぁ、一応」


 壊れた機械のように動きを止めた綾乃と零斗。

 先に動き出したのは綾乃だった。


「ちょ、ちょっと時間貰っていいか?」

「別にいいけど……」

「よし、じゃあここで待ってろ。いいか、絶対に逃げるなよ!」


 あらためて本をレジへと持っていく綾乃を、零斗はただ見ていることしかできなかった。

 その後、本を買ってきた綾乃に連れられて零斗は公園へとやってきた。


「お前、名前は?」

「白峰零斗だけど」

「んじゃ零斗。お前今日のことを誰かに話す気あるか?」

「……あるって言ったら?」

「お前に襲われたって言って交番に駆け込む」

「言いません、絶対に言いません」

「ならよし。……はぁっていうか、なんでお前こんなとこの本屋にいるんだよ。せっかく学校から離れたとこ選んだのに」

「なんでって、いつもここ使ってるからとしか」

「マジか。運悪すぎるだろオレ……って今さらか」

「なぁ、その『オレ』っていうの……」

「気になるか? ま、そりゃ気になるよな。こんな完全完璧美少女が『オレ』なんて言ってたら」

「いや、完全完璧って」

「事実だろ?」

「それは…まぁ、確かに」

「まぁでもこれはしょうがない。オレは『男』だからな?」

「————は?」


 いきなりのカミングアウトに零斗は頭が真っ白になる。


「男? 桜小路が?」

「ははっ! なんだよその顔。めっちゃ間抜けだぞ」

「いや、それよりもどういうことだよ男って」

「……性転換病って知ってるか?」

「性転換病って……まさか」


 性転換病。百万人に一人かかるかどうかという病気。男が罹患すれば女に女が罹患すれば男になるという奇病。原因も、治療法も不明。現代医学ではどうしようもない病気。


「オレは、その性転換病に罹ったんだよ」

「………」

「って、ほぼ初対面の奴にこんなカミングアウトされても困るよな」

「いや、別に……」

「……なぁ、零斗って何組?」

「一組だけど」

「一組か、じゃあ隣だな。よし、決めた!」

「決めたってなにを?」

「来週からお前のこと監視させてもらうな」

「はっ!?」

「今日一日でオレはお前に随分と秘密を握られてしまったわけだ。お前がもし、それを誰かに話してしまったらオレの学園生活は終わりだからな。だったらお前のそばにいて見張るのが確実だろう」

「いやいや、待てって! さっき絶対に言わないって言っただろ」

「そんな口約束を信じてやるほどオレは甘くない。……まぁ、お前が信用できる奴だって判断できるまでだよ」

「……マジか」

「オレからの信用を得られるように頑張ることだな」

「………」

「それでは『私』はこれで。また月曜日に。楽しみにしてますね、零斗君」


 絶句して呆然としている零斗を尻目に、綾乃は公園から去っていった。





これが、二人の出会い。

次の週の月曜日から、零斗の生活は一変した。綾乃に付きまとわれ、その親衛隊に狙われたりもした。

しかし、同じ時間を過ごしていくうちに二人は打ち解けていった。同じ趣味を持っていたことも大きかっただろう。綾乃も、零斗と共にいる間は取り繕うことなく過ごすようになっていった。

それからしばらくして、綾乃が生徒会長となり、零斗を副会長に任命したのだ。





~~~~~~~~~~~~~~


「ほんと、こいつらもよく飽きないよなー」

「何がだ?」

「このラブレターだよ。ほとんどオレの知らない奴だし、絶対オレの見た目だけで選んでるだろ」


 今零斗と綾乃が行っているのはラブレターへの返信作業だ。送られてきたラブレターに一枚ずつ読んで、返事を書くのだ。


(ちゃんと返事書くあたり真面目なんだろうけど、それを俺に手伝わせてるのはなんていかなー、なんか可哀そうだな)


「わかんないだろ。もしかしたらお前と話したことがあって惚れたのかもしれないじゃないか」

「んー、どっちにしろこいつらが惚れてるのは『私』であって『オレ』じゃないしな。演技も見抜けないようじゃダメだろ」

「綾乃の演技を見抜ける奴なんているかどうか怪しいけどな」

「当たり前だ。どんだけ練習したと思ってるんだよ」

「……なぁ」

「ん、何?」

「なんでお前ってずっと演技してんだ?」

「なんでって……なんかおかしいか? 似合ってるだろ」

「確かに似合ってるけどな。……つらくないのか?」

「つらい?」

「ホントの自分偽って、みんなが望む自分を見せるのってしんどいだろ。少なくとも、俺にはそんな生活耐えられない」

「……オレってさ、中学の時に性転換病に罹ったんだよな」


 綾乃は零斗の質問には答えず、突然過去を語りだす。


「お前も知ってると思うけどさ、性転換病に罹った奴なんて、そうそう出会うもんじゃないんだよ。オレも、性転換病のことは知ってはいたけど、あんまり気にしたことなんてなかった。だけど、中学二年の時に、なんの前触れもなく罹って、オレは女になった。でもさ、オレ自身はなったもんはしょうがないって割り切ったんだよ。治るもんでもないって言われたしな。……でも、周りはそうじゃなかった」


 それは、性転換病に罹った人間のほとんどが通るといってもいい道。昨日まで知っていた人間が、性別も、姿も全く違う姿になるのだ。それを気にするなという方が無理があるだろう。ましてや綾乃が罹患したのは多感な中学生の時期。何が起きたのかというのは想像に難くない。


「それまで一緒に遊んでた奴には避けられるようになったし、先生達にも、腫れ物でも扱うみたいに対応されたよ。まぁ、それぐらいならまだ頑張れた。いつかは元に戻るって信じて頑張ってたよ。でも……ある日、聞いちまったんだよ。クラスの奴らが話してるのを。『気持ち悪い』とか『関わりたくない』とか言ってるのをさ」

「それは……」

「まぁ、わかってるよ。しょうがないことなんだってのは。でも、理解はできても納得なんてできないだろ。だから、地元から離れたこの高校に来たんだ。誰もオレのことを知らないこの土地にな」


 零斗はただ綾乃の独白を聞いていることしかできない。

 簡単に、淡々と語っているが、綾乃が感じた苦悩を、零斗には完全に理解することはできない。


「それで、その時に思ったわけだ。だったら今度は完璧な女になってやろうってな。みんなが望む、理想を目指そうってさ。そしたら、今度は受け入れてくれるって思ったんだよ。事実、オレは受け入れられた。理想の女の子、『桜小路綾乃』としてな」

「それが、お前が演技してる理由か?」

「まぁな。んで、お前はツラいかどうかって聞いたよな。……実はさ、あんまりツラくはないんだ。理想を演じるのは楽しいし、みんなが慕ってくれるのも嬉しい。でも、みんなが好きになってくれたのはオレの演じる『桜小路綾乃』であって、『オレ』じゃないんだよ」


 綾乃にラブレターを送ってきてくれた人たちが見ているのは、素の綾乃ではない。だからこそ、その想いに応えることはできないと綾乃は考えている。


「……酷い奴だろ、オレって」


 綾乃の心に巣くっているのは、中学時代の思い出と、今現在、みんなを騙しているという罪悪感だ。

 零斗がどんなに言葉を尽くしたところで、綾乃の心の闇をはらうことはできないだろう。


(だとしたら、俺にできるのは……)


「確かに、お前は酷い奴だと思うよ」

「……っ」

「俺を監視するためにって付きまとってくるし、勝手に俺のこと副会長にするし、仕事押し付けてくるし……お前と出会ってからさんざんだよ。でも……いつも楽しかった」

「え?」

「気づいたらいつも笑ってた。楽しかった。お前がいなかったら、きっと俺の学校生活はもっとつまらないものだったと思う」

「そんなこと……」

「いや、お前がいたから俺の世界が広がったんだ。他でもない、綾乃自身がいたからな」


 ずっと胸に秘めてきた想いを零斗は綾乃に伝える。

 それこそが唯一できることだと零斗は考えたのだ。


「男のお前でもなく、理想を演じてるお前でもなく、素の綾乃だったから俺は今まで一緒にいたんだ」


 零斗の言葉を聞いていくうちに綾乃の顔はリンゴのように真っ赤になっていた。


「な、なんでだよ! こんな本性知ったら誰だって幻滅するだろ!」

「俺は幻滅なんてしてない」

「同情とかしたのかもしんないけど、慰めとかいらな———」

「そんなんじゃない」


 真っすぐに綾乃の目を見て零斗は告げる。


「そういう所も全部含めて、俺はお前のことが好きだから」

「っ!?」


 自らの想いを告げた零斗は、目を逸らすことなくジッと見つめ続ける。

 対する綾乃は、いきなり告げられた想いに動揺し、真っ赤になって硬直していた。

 生徒会室を静寂が包み込む。ともすれば、お互いの心臓が早鐘を打つ音が聞こえてしまうのではないかと思えるような静けさだ。

 しかし、永遠に続くかと思われた静寂を破ったのは、綾乃だった。


「~~~~っ! このバカっ! なんでお前、そういうことサラッと言っちゃうんだよ!」

「サラッとも何も、思ってることをいっただけだろ」

「もっと状況とか、そういうの考えて……あぁもう知らない!!」


 綾乃は零斗に背を向けて黙り込んでしまう。


「…………」

「…………」

「……なぁ綾乃」

「……なんだよ」

「別に返事は急がないからさ。あんまり気にすんなよ」

「……わかった」

「……夏休みさ、一緒に遊びに行かないか」

 これまで、綾乃から遊びに誘うことはあっても、零斗から遊びに誘ったことは一度もなかった。これは零斗なりの、勇気を振り絞った行動なのだ。


「……どこに?」

「まだ全然決めてない」

「ぷっ、なんだよそれ。デートに誘うなら場所くらい考えとけよ」

「デートだと思っていいのか?」

「えっ、あっ、違う! 今のは言葉の綾だ」

「はいはい、とりあえず残りのラブレター片付けるか」

「ホントに違うからな!」


 


生徒会室の中に再び、二人の賑やかな声が響く。

いつもと同じ光景。それでも、変わったものがあるとするならばそれは二人の距離感だろう。いつもより、ほんの少しだけ近づいていた。

 零斗と綾乃、二人の関係がこれからどうなっていくのか。それは神のみぞ知る物語だ。

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生徒会長の秘め事 ジータ @raitonoberu0303

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