第6話 合格発表

 二月二十五日、国公立大学二次試験前期日程の日である。


 塩谷紗理奈はすっかり食中毒から回復して、万全の体調で受験の日を迎えた。すでに女子高生ではなくなったが、気合いを入れるために緑葉女学館伝統の制服である深緑色のボレロとジャンパースカートを着て、コートを羽織って家の玄関を出た。


 清和駅に着くと、倉賀野八千代が改札前で待っていた。


「おはようございます、先輩」

「おはよう、八千代」


 二人は一月まではこうして駅で落ち合ってから登校していたものである。今日は試験時間の都合で一本前の電車に乗らざるを得なかったが、八千代は一緒についてきてくれた。


 電車に乗り込むとまだ座席に余裕があったが、二人は座らずドア付近に立った。電車が動き出したタイミングで、八千代は切り出した。


「先輩、いよいよ第一志望受験ということで、渾身の一作をご用意しました」


 カバンから取り出したお守りは紗理奈の予想通り桃川大学のスクールカラー、桃色であった。しかし大きさが今までのと段違いにビッグサイズであり、重量感もある。


 紗理奈は一つの推測にたどり着いた。


「八千代、まさかあなた……全部剃り落としたの!?」

「はい。私も最後の大勝負をさせて頂きます」


 お守りの中に何人もの八千代がいる。これぞまさしく百人力である。愛する人にこれ程支えられて燃えないようでは塩谷紗理奈の名が廃るというもの。


「八千代。この試験、絶対に勝つわ」

「吉報をお待ちしています」


 電車は緑葉女学館の最寄り駅、岩彦駅に停車してドアが開く。二月の冷気が流れ込んできたが全く寒く感じない。紗理奈は八千代が降りる前に固く握手を交わして、笑顔で別れた。それからは参考書や単語帳を開くこともせず、八千代の手書きで「合格祈願」と書かれた大きな特性のお守りをじっと見つめていたのであった。


 *


 明くる三月の六日。紗理奈は三度桃川大学まで足を運んだ。ついに運命の合格発表の日である。試験後日の地元紙朝刊に載っていた解答速報でざっと自己採点したところ全体で六、七割は取れているはずだが、合格確実とは言い切れない。紗理奈はお守りを握りしめて、数多の受験生たちの中でそのときを待ち続けた。


 やがて職員が掲示板までやってきた。巻物状にまとめられた、合格者番号が載っている紙を携えて。紗理奈は受験生たちの最前列で、自分が受けた経済学部の掲示板の前でその瞬間を待ち構えていた。


 発表時間ちょうどに、紙が貼り出されて番号が顕になった。途端に、歓声と悲鳴がキャンパスの一角を揺るがした。紗理奈は掲示板の一番上に書かれた受験番号、300001からゆっくりと、おそるおそる目線を下に移動させる。お守りを握る力を強くして。


  :

 30031

 30032

 30034

 30037

  :


「あった……あった!! やった!!」


 自分の受験番号、30037が目に飛び込んできた瞬間に、紗理奈は両手を高々と掲げた。念の為もう一度見直す。やはり30037がある。歓喜の声、と言うよりは奇声に近かったが、ともかく絶叫した。


 紗理奈の願いが叶ったのは本人の努力の賜物に他ならない。だがやはり、試験に当たっては精神的支柱が常に傍らにあったのが大きかった。愛する人に丹精込めて作ってもらったもの。愛が暴走してしまい災いを被ったこともあったが、もう今となっては笑い話に過ぎない。


 紗理奈は電話でまず母親に吉報を伝えると、バスにも乗らずに桃川駅まで半時間ほどかけて歩いて戻っていった。本当は真っ先に八千代に報告したかったが、あいにく三学期期末テストの最中である。だから彼女の分身とともに喜びを分かち合いつつ、威風堂々と凱旋を決め込んだのであった。


 期末テストが終わった後はもちろんデートだ。何度も外れそうになった理性のタガを無理やり締め直してきたが、もうその必要はない。


 *


「ああ、久しぶりだったから燃えたわ……」

「私も、何度もトんじゃいました……」


 ベッドの上ではお互い息も絶え絶えになっていた。シーツは汗と体液でぐしょぐしょになっていて、いかに行為が激しかったかを物語っている。デートの最後に思い切ってラブホテルに誘ったのは正解であった。


「やっぱりツルっツルだと触り心地がいいわねえ」


 照れ笑いを浮かべる八千代に頬を寄せる。


「今度は八千代が大学受験する番よね」

「はい。もちろん先輩の後を追わせていただきます」

「もうその先輩って呼ぶのやめて。先輩命令よ」

「矛盾してますね」


 わざとボケたわけではない。まだ頭の中に淫靡な霞がかかっていて、あれほどしたにも関わらずまだ晴れておらず思考が狂っていたからである。その状態で紗理奈は口走った。


「次は私が生やして、八千代のお守りを作ってあげようか」

「いいですね。是非お願いします、

「あ、今呼び捨てにしたわね」


 紗理奈は身をブルッと震わせた。情欲の火がまた灯り、たちまち豪炎と化す。その炎の熱は八千代にも伝わっていたようである。彼女は紗理奈の唇にキスをすると、舌を出してきた。紗理奈も自分の舌を絡めて貪りだし、八千代の体に覆いかぶさった。


 夏になれば、また八千代を抱けない時期がやって来る。今日一日はとことん、快楽に溺れることした。


 (終)

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塩谷紗理奈の受験狂想曲~あの娘のお守りを添えて 藤田大腸 @fdaicyou

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