「僕たちは、傷つくほどに強くなる」



こおりちゃん、こおりちゃんってば……!」


ふと顔を見上げる。

そこにはクラス委員長、藤原春花ふじわらはるかの姿があった。


「まーたひとりで小説読んでる。昼休みくらい少し外に出たら?」

「……うるさいな。僕が好きで読んでるんだ、邪魔しないでくれ」


彼女はふーん、と前の席に腰をかけると、僕が手に持っている本をまじまじと見つめた。


「私、月宮作品あまり好きじゃないなあ。推理小説は嫌いじゃないけど、なんか暗い話ばっかで」

「おまえには月宮薫つきみやかおるの素晴らしさは伝わらないよ」

「わ、冷たいんだー。こうして幼馴染が声をかけてあげてるのに、ひどいや」


幼馴染──。

どうやら僕は、藤原春花と幼馴染という関係らしい。


僕には、過去の記憶がない。

これまで生きてきた16年間の思い出がすっぽりと抜けてしまったかのように、ただ奇妙な空白がそこにある。


「……昔のこと、少しは思い出した?」


僕は文章に目を落とし続けた。


わからない。

今までどんな人生を歩んできて、どういう家族や友達がいて、自分がどんな人間かさえもわからない。

僕は……いったい何者なんだ?



「もうひとりの“私”からメッセージ来た! 今日の放課後、会えるって!」


近くの席から、女子生徒の嬉しそうな声が聞こえてきた。



──最近、若者の間であるが蔓延している。


『もうひとりの自分、探しています』


SNSやマッチングアプリ。その他にも専用掲示板やウェブサイトが数え切れないほどある。


通称、ドッペルゲンガー。

もうひとりの自分に出会うと、「幸せ」が訪れる。

そんな噂が広まっている。


横目で、その女子生徒の笑顔をみた。

スマホを片手に、わいわいと楽しそうにはしゃいでいた。





その女子生徒は、次の日から学校に来なかった。


そして、マンションから飛び降り自殺したと、担任の先生が告げた。



彼女の遺言はただ一言。


『──ドッペルゲンガーは、バケモノでした』

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DOPPEL - GANGER ドッペルゲンガー 中村ケンイチ @kenichi_nakamura

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