ハードボイルド・イーティング・ザ・モチ

綿貫むじな

元日の朝、ならぬ昼

 俺は目を覚ました。

 目を覚ますとまず俺を襲ったのは頭痛だった。

 それもとんでもなく重い。頭の芯までハンマーでぶっ叩かれているような痛みだ。

 いつの間にか俺はこたつで寝てしまっていたようだ。

 こたつ周辺には馬鹿騒ぎの残骸が転がっている。

 つまみや酒の空き缶、様々なゴミ。

 ただでさえ片付いていない部屋が余計に散らかっている。


 昨日は大晦日だった。

 夜通し友人らと酒を飲みながらバカ騒ぎをして、年が明けた頃には麻雀を打っていた。

 朝四時まで打っている所までは覚えていたのだが、それ以降は流石にわからない。

 気づけばいつの間にか友人たちは撤収していたようだ。

 だから飲んだ時はせめて飲んだ缶ビンくらいはゴミ袋に捨てろといつも言っているのにこの様だ。ったく。

 

 頭痛の他にも胸焼けが酷い。

 酒をチャンポンしたせいだ。だいたい飲み会で一種類だけの酒を飲むなんてありえないので、様々な種類の酒を飲むことになるのはわかっているのだが。

 昨日飲んだ酒はなんだったか。

 手始めにビール。その後に日本酒、焼酎、ワインなどなど……。

 転がっている酒の残骸は多種多様であった。

 片付ける前に、俺はまず台所に鉛のように重い体を引きずりながら赴いた。

 水道の蛇口をひねり、コップに入れる事もせずに直接流れる水をがぶがぶと飲む。

 アルコールから変化したアセトアルデヒドとやらが体に悪さをしている。

 それには水分を取るのが一番いいらしい。

 水ではなくスポーツドリンクが良いらしいが、生憎冷蔵庫に備えていない。

 ひとまず気が済むまで水を飲んで、尿意を覚えたのでトイレで排尿する。

 もう一度水を飲んだ所で少しはマシになった。

 

 体が動くようになってきた所で、ゴミ袋に空き缶ビンを詰め、麻雀のシートと牌を片付ける。片付け、あらかた部屋を綺麗にした所で今度は俺の胃袋が目覚め始めた。

 大きく唸り声をあげる胃袋。

 しかし、胸のムカつきはある。

 ここで脂っこいものは流石に体に悪い。

 ならば俺の体は今何を求めている?


 冷蔵庫の中身をあらためる。

 しかし、昨日の飲みの中で食べたオードブルやピザの残り、骨付きチキン、寿司や唐揚げの残りと言ったものしかない。

 寿司はともかく、他の食材は今は食べる気が起きないな……。

 コンロに置いてあった鍋の中を覗き込む。

 鍋は水炊きだったと思うが、具材はほとんどなくなってしまっている。

 汁だけがかろうじて残っている。

 となれば、この鍋の汁を再利用して味付けをし直して食べるのが良い。

 冷蔵庫の野菜室にはネギと大根が入っていた。

 他にもナルトや鳥のもも肉が残っている。


 今日は元日。

 となれば、やはり雑煮に仕立てるのが良いだろう。

 あっさりしているし、塩分やその他栄養を失った今の俺には一番ちょうどいい。

 だが雑煮に一番必要な食材が無かった。

 俺の人生は肝心な時に一番必要なモノが無い。

 その為に走り回る羽目になるのだ。


 だが餅は今やどこでも売っている。有難いものだ。

 本当なら昨日のスーパーでの買い出しで売っていた、撞きたての餅を買いたかったのだが、あれは人気であっという間に売り切れてしまった。

 元日の餅は特別なものだ。

 あれを食べてこそ新年が始まると俺は思っている。

 それを食べられないと言うのは、辛い。


 だから俺は、散歩がてら近所のドラッグストアにまで足を運ぶ。

 外は頬を撫でる風が冷たい。

 嫌でもぼんやりとしていた二日酔いの頭がしゃっきりとしてくる。

 元日でも時短ながら開いているドラッグストアには頭が下がる思いだ。

 俺はかごを持ち、食品棚の方へと向かう。


 あった。これだ。


 元日のセールになっていたサトウの切り餅。

 これをかごにバサバサとぶち込む。

 七日までは餅を食べて過ごしたい。

 餅は好きだ。大好物と言ってもいい。本当なら常備しておきたい。

 しかし、あえて常食はしない。年一の楽しみにとどめている。

 何故なら太るからだ。

 餅はカロリーがかなりある癖に、気づけばするすると胃の中に収まってしまう恐ろしい食べ物だ。

 そんなものを家の中に置いておいたら俺は毎日餅を喰って太ってしまう。

 おっさんになって体重のコントロールも難しくなってきた今日この頃、体が重くなってしまうのは避けたい。

 

 そして餅は、時折恐ろしい物でもある。

 その粘着力を持って喉を詰まらせ、人を殺してしまうのだ。

 それでも皆はこぞって餅を食べようとする。

 遺伝子レベルに餅を食べたいと刻まれているのだ、日本人には。

 抗えない魅力が餅にはある。


 家に帰り、早速俺はどうやって餅を食べようか考える。

 考えるまでも無いな。

 まずは焼く。

 オーブントースターで焼くのだ。

 クッキングシートを敷き、その上に切り餅三枚を乗せる。

 くっつかないように間を離して、五分くらい焼けばいい感じになる。


 トースターの中に餅を入れて、つまみを五分の所までひねる。

 焼ける間に鍋の残り汁の調整を行いつつ温める。

 味付けをし直し、具材を投入したあたりでトースターからはチンと言う音が響いた。

 焼き上がりだ。

 しかしここで俺はまだ開けない。

 余熱でもう少し熱を入れるのだ。

 そうする事で表面がカリっと仕上がる。

 焦げないように見ている必要はある。

 トースターの中を覗くと餅は膨らみ、キツネ色に焼き色がついて香ばしい匂いがトースターから漂っている。

 俺の求めていた元日がやってくる。

 既に腹が減っている所に匂いの追加パンチで脳が揺らされる。

 俺の食欲ももううなぎのぼりだ。

 焼き餅を更に乗せ、俺は醤油を小皿に垂らす。

 醤油に砂糖を入れるのが大半かもしれないが、俺は入れない派だ。

 焼き餅に味付けをしていない海苔を巻き、醤油をつけていただきます。

 餅を噛む。伸びる。伸びた部分も口に入れる。


「うまい!!」


 思わず声に出てしまう。

 おっと、焦らないようにお湯を沸かしてお茶も淹れた。

 飲み物も一緒に取るのだ。焦って詰め込んではいけない。

 大人はゆっくりと食事を楽しむものだ。とにかくがっついて体のエネルギーにしたい男子高校生とはわけが違う。

 キツネ色になった部分は香ばしくパリパリとしているが、程よく温まった部分はその名の通りモチモチとしていて食感の違いがたまらない。

 海苔の風味と醤油がさらに餅の味を引き立てる。

 あっという間に焼いた餅を全部平らげてしまった。

 

 焦る必要はない。

 切り餅はまだまだある。また三つほど焼く。

 焼いて膨らんだ餅は、今度は汁に二つ入れる。

 色んな具材から出た出汁と、新たに投入した具材、そして味付けに入れた醤油やめんつゆを吸った餅の味わいや如何に。

 餅を噛む。伸びる。今度は汁気も含まれてぐんと伸びる。

 器と口を離していくと、更に伸びるがそれでも切れない。

 水分を含んだ事で更に柔らかくなった餅。

 伸びた部分も口に入れ、柔らかい餅の食感をまた楽しむ。

 その時、インターフォンの音が鳴った。


「おっす明けましておめでとう。初詣行こうぜ」


 飲んでいた友達とは別の奴が来た。

 こいつは連絡も取らずに突然来るはた迷惑な奴なのだが、気配りは忘れない。

 

「ちょうどいい時に来たな。昼飯食った?」

「いんや、まだ。一緒に食いに行こうぜって言おうかと思ってたとこだが」

「じゃあ家で餅食ってけよ」

「モチぃ? 俺持って来たのに」


 持っているビニール袋から取り出したのはタッパー二つだった。

 一つのタッパーにはこしあんがびっしりと乗っているあんこ餅。

 もう一つのタッパーにはクルミをすりおろして作ったタレが掛かっている、クルミ餅。

 

「お前気配りの天才だな」

「いや、ばーちゃんが折角作ったんだからもってけって。毎回作りすぎるんだよ」


 俺は酒を飲むが甘い物にも目が無いのだ。

 甘いものを食べる機会はおっさんになってくるとあまりない。

 コンビニやスーパーで買う事も出来るが、いわゆる専門店のスイーツなどは中々店構えや店内の雰囲気もあって入りづらい。

 だから和菓子や甘いあんこなどは俺たちおっさんにとっては実にありがたいデザートなのだ。

 

 俺は友人に焼き餅と雑煮を振舞い、代わりにあんこ餅とクルミ餅を貰う。

 友人は焼き餅につける醤油にはたっぷり砂糖を入れると言う。

 まるで親の仇のように、これでもかと大匙で入れる。

 そんなに入れたら甘ったるいと思うのだが、こいつはかなりの甘党だ。

 トマトにすら砂糖をかけると聞いた時には流石に耳を疑った。

 そういう食べ方があると後に知ったが、それにしても山のように掛けるのは流石に無いと思う。それではトマトの砂糖漬けだ。


「納豆にも砂糖をかけるぞ」

「……」


 今のは聞かなかった事にして忘れよう。

 とにかくクルミ餅だ。

 このクルミたれの風味が最高なのだ。

 一口かじる。

 ナッツ類特有の香ばしい風味と香りが口に広がる。

 菓子にもよく利用されるクルミは、まさに甘い物に仕立てると美味さが抜群に引き立つというものだ。

 もちろんあんこ餅を食べるのも忘れない。

 こしあんの滑らかな口当たりと控えめな甘さは、餅との相性は言うまでも無く良い物で、いつ食べても安心感がある。

 全部食べたいところだが流石に腹が満たされてしまった。

 目が食べたいと訴えている所を理性で抑え、残りを冷蔵庫に仕舞う。

 飢えは影を潜め、いつの間にか二日酔いも俺は忘れている。


「よし、食った事だし初詣に行くか」

「そうするべや」


 しかし、友人はプレーンの餅も持ってきていた。

 これで毎日三食餅三昧が楽しめるってものだ。

 



 そうして七日まで過ぎた。

 鏡を見ながら歯磨きをしていると、俺の体に異変が起きている事に気づく。


「なんか……アゴに肉がついてきてるような」


 口をゆすいだ後に体重計に乗ってみると、なんと5kgも増量してしまっている。

 正月の怠惰な生活を繰り返した結果が見事に反映されているではないか。

 これはいけない。

 俺は仕事に持っていく鞄の他に、もう一つリュックサックを用意して着替えを詰め込んだ。

 

 今年の目標は、まず増えた体重を戻す事から始めなければならない。

 俺は鞄を二つ持って、車に乗り込む。

 やれやれ、仕事が終わったらジムに行かないとな……。

 

 

 

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ハードボイルド・イーティング・ザ・モチ 綿貫むじな @DRtanuki

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