第17話 激突! そして・・・

「えっ!」

 中空を漂う像の容姿風貌に、耶磨人は完璧に絶句していた。

 見覚えのある人物が、そこにはいた。

 絹川りおだ。

 霊能士界だけでなく、芸能界でも神的存在の、天使降臨アイドルとも呼ばれているあの絹川りおが、今までにメディアでもお披露目したことのない漆黒のドレスを纏い、耶磨人の眼と鼻の先に佇んでいた。但し、全ての者の思考を蕩けさせる魅了魔法的笑顔ではなく、凄まじく歪んだ怒りの形相で。

「ったくもうっ! 私だって好きで憑いていた訳じゃないわよっ!」

 絹川りおは口汚く喚き散らすと、きいいいいっと眼を吊り上げて耶磨人をガン見した。

「あんたの守護霊ろくでもない奴ばかり。私の邪魔ばかりしやがってえ!」

「りおさん、国民的アイドルのあなたが何故こんなことを……」

 口汚く罵る絹川を、耶磨人は興醒めした表情で見据えた。

「美貌、地位、名声――望むものは全て手に入れてきた。でも、自分の力だけでは、どうしても手に入れられないものがあった。何だか分かる?」

 りおは口元に冷笑を浮かべる。

「……いえ」

 りおの問い掛けに、耶磨人は苦しげに答えた。

 耶磨人が夢にも思い描いていた、霊能アイドル絹川りおと対話しているという非現実的な状況の中で、彼女のイメージを完全崩壊させた言動の数々が、耶磨人の思考を根底から打ち崩していた。

「永遠の若さ。そして、この世界の全て」

 りおは恍惚の表情を浮かべながら天を仰いだ。

「そんな……」

 アイドルの余りにもイメージと掛け離れた本心の叫びに打ちすえられ、耶磨人の唇は落胆と失望に小刻みに震えていた。

「御主、何故に最初からその姿をさらさなんだ?」

 偉智が落ち着いた口調でりおに問い掛ける。

「うざいっつうのっ! そんな事どうでもいいじゃ――」

「英雄になりたかったんだろ?」

 口汚く罵倒するりおを、百多郎が間延びした口調で遮る。

「その男の身体を被り、散々暴れて極悪人に仕立て上げた後に離脱して倒せば、御前は世界的英雄だものな。そのどさくさに紛れて各国の首脳陣を脱魂し、自分の使い魔を憑依させておけば、実質、世界は手中に入れたものと同じ」

「合ってるわ、腹が立つくらい正確に」

 りおは腕を組みながら苛立たしげにそう吐き捨てた

「己の欲望を満たすために、罪無き者に罪をなすりつけるとは。欲深き者よのう」

 静かに語る偉智の目尻が、怒りに激しく吊り上がる。

「人の欲とは底の無い器の様なもの。永遠に満たされることはない。それを満たさんが為に、私は契りを交わした。暗黒世界の大神とな」

 自信に満ちたりおの声が、呪詛の様に響く。同時に、りおの頭上で、真っ黒な雨雲が渦巻きながら急速に天空を覆い尽くしていく。

 否、雲ではない。何かが群れを成して飛んでいる。それも、無数の何かが、まるで山の巣へと羽ばたく鴉の群れの様に、四方八方から飛来してくる。だが、羽音は全く無く、静寂に包まれている中での、不可解な団体行動だった。

 漸く、肉眼にその正体の像が映る。

 ムウタンだ。ムウリンもいる。無数のマスコット式神が大群を成してこちらに向かって飛んで来る。更に二つの巨大な影がゆらゆらと中空を横切り、それに加わる。ゲートの出入り口を監視していた二匹の巨大式神――ゆめモン達だ。

「何が始まるってんだ……?」

 耶磨人は不安げに天空を仰いだ。

 式神達の群れは巨大な竜巻状の渦を天空に築くとその中心部を急速に下界へと伸長し、りおを呑み込んだ。式神達はもはやその姿を留めてはいない。どす黒い瘴気の塊と化し、互いに結合しながら、りおに幾重にも重なり、融合していく。上は天空の更に遥か上空に達し、まるで宇宙を支える柱のようにそびえ立っている。

 でも、ただの柱じゃない。融合が終盤を迎えるにつれ、瘴気は曲線を帯びたシルエットを描き始め、急速に質感のある実体と化していく。

ぬっぺりとした表面に亀甲状の筋が走り、その一部が突出して板の様に隊列を組む。更に下方と上方でそれぞれ二か所、左右に枝分かれするや、末端に鋭利な光沢が生じる。

 同時に、本体の上方末端はずんぐりと圧縮と突出を複雑に繰り返し、吊り上がった光沢を放つ眼が、大きく裂けた口が、びっしりと生えた鋭角状の牙が生じると、その最上方には節くれだった角が二本現れる。反対に、下方末端は先細り状態となり、蛇の様な尾に変貌を遂げた。 

 龍だ。それも、漆黒の鱗に包まれた、巨大な龍。その高さはワールド・アイズはおろか、都心部の高層ビルをも遥かに凌ぎ、胴周りはそれこそワールド・アイズをそっくりそのまま呑み込める程の超ド級馬鹿デカサイズ。

 ただ、普通の龍ではなかった。

 巨大な漆黒の胴には、鱗で覆われた太い脚が二脚生えており、背中には全長に匹敵する巨大サイズの黒い翼が生えている。

 龍というよりも、むしろ西洋のドラゴンの様な容姿だ。

「黒龍――そんなのありかよ……」

 耶磨人の喉から零れた呟きが、絶望的な調べを奏でる。

「耶磨人よ、あれは黒龍ではない、龍鬼じゃ。龍神とは似て非なる存在。人が抱く恐怖と憎悪を濃縮し、造り上げた怨念の集合体じゃ」

 偉智が忌々しげに呟く。

「え、そんなこと出来るの? 」

 耶磨人は眼を大きく見開いて偉智を見た。

「多分、あの小娘は自分が祓った悪霊達を黄泉に送らず、己が張った結界の中に封じ込め続けたのじゃろう。悪霊どもは結界の中でより力の強い悪霊に喰われ、更に強い悪霊が封じ込められるとまたそれに喰われと、どんどん強靭な悪霊と化していき、最後に暗黒世界を牛耳る神の様な存在にまで成長したのじゃろうな」

「まじかよ・・・まるで蟲毒」

 耶磨人は呆然としたまま立ち竦んだ。

「ほお、良く知ってるな。まさしく蟲毒の悪霊版じゃ。蟲毒はそれ自体で仕向けた標的に呪いを掛けるが、こやつは呪いが形状化して独り歩きしたようなものじゃ。昔、同じ様な輩と対峙した事があったが、ここまででかくはなかった」

 偉智の話に耶磨人はじっと耳を傾けていた。

 恐ろしい事実だった。人の怨念の凄まじさもさることながら、ここまで負の悪念を育て上げた、りおそのものに底知れぬ恐怖を覚えていた。

(自分が造り上げた悪神と契りを交わすなんて――ある意味、一人エッチみたいなものなのか)

 底知れぬ戦慄に晒されてか、耶磨人の思考も明らかに常軌を逸していた。

「耶磨人、悪いが盾を返してくれ。こいつとやるには、流石に重装備じゃないとな。何、心配するな。おめえのことは偉智が守ってくれるぜ」

 百多郎はいつに無く真面目な表情で耶磨人に声を掛けた。刹那、百多郎の右手にメモ用紙が五枚舞い戻って来る。式神達を呼び戻したのだ。全ての力を集中しなければ太刀打ち出来ないと判断したのだろう。

「分かった」

 耶磨人は緊張した面持ちで盾を百多郎に手渡した。

「出来るだけ散らばれ。奴の力を分散させて、隙を突く。それしかねえ。行くぜっ!」

 百多郎が、跳ぶ。

 同時に、他の者達も一斉に散った。

 一瞬、出遅れる耶磨人。

「耶磨人、私に掴まれっ!」

 偉智が、叫ぶ。

「掴まれって?」

「背じゃ、背中に乗れっ」

「えっ!、そりゃあ、無理わあああああっ!」

 市は強引に耶磨人をしょい込むと、ひときわ大きく跳躍した。

 同時に、偉智の身体に変化が生じる。身体が急速に伸長し、着物もそれに従い、白銀色の光を放ちながら、身体に合わせて大きく変貌を遂げて行く。

「偉智、さん。偉智さんて……?」

 愕然とした面相で、耶磨人は市を見つめた。

「そう。見ての通りじゃ」

 偉智が、にべもなく答える。

 耶磨人は周囲を見渡し、あらためて自分の置かれている状況を確認した。。見間違いでも、勘違いでもない。

 耶磨人は今、白龍の背中に乗っていた。

 龍鬼と比べれば遥かに小粒だが、純白の鱗に包まれたその姿は、安らぎすら感じられる程の清廉された神々しさに満ちていた。

「耶磨人、気をつけろ。奴が仕掛けてくる」

 偉智がロートーンの声で囁く。

 龍鬼の周囲で、空間に歪が生じ始める。

 鋭利なナイフのエッジそのものが気化したかのような、凄まじい殺意に満ちた凶気が、激しい噴流を伴って幾つも渦巻きながら巨大化していく。

 同時に、耳をつんざく雷鳴と共に、空間に生じた幾つもの気の渦から無数の稲妻が走る。    

 偉智は巧みにそれを交わすと、龍鬼に牙をむいた。

 刹那、偉智の顎から、甲高い叫音が響く。瞬時にして凝縮した気の衝撃波が龍鬼の胸部を狙う。が、接触寸前、主を庇うかの様に凶気の渦がこれを受け止めた。

 重低音の粉砕音と共に、凶気の渦が消し飛ぶ。

「すげえよ! 偉智さん!」

「駄目じゃ。防ぎやがった」

 小躍りする耶磨人とは対照的に、偉智は極めて冷静に現状を見据えていた。

 龍鬼が、立て続けに重低音の咆哮を上げる。同時に、空間に歪が生じ、猛狂う気の渦が瞬時にして凝縮。巨大な球体を成すと、猛スピードで耶磨人達に迫る――が、その前に立ちはだかる人影。

 百多郎だ。

 彼は少しも怯むこと無く矛を構えると、己の背丈の数倍は優にある巨大な気の塊に切りかかる。

 一刀両断された気の塊は、打ち捨てられた水風船のように、激しく粉砕した。

「偉智、箍をはずすぜ。蒔き込まれないように注意しろっ!」

 偉智達に背を向けたまま、百多郎が叫ぶ。

「箍を外す?」

 耶磨人が首を傾げた。

「奴は御主に話して無かったのか?」

 偉智が意外そうな表情を浮かべる。

「話すって?」

「まあ見ておれ。今にわかる」

 きょとん顔の耶磨人に、偉智は苦笑を浮かべると、意味深な台詞を呟いた。

「行くぜっ!」

 百多郎が飛ぶ。

 同時に、彼の身体を鮮蒼紫色の光が包む。

 不思議なオーラだった。神々しさと冷静さを醸す厳粛な波動の中に、何者にも屈しない鉄壁の強靭さを秘めた闘気が、熱く脈打っていた。

 龍鬼が不快な表情で低い唸り声を上げる。その重い気の波動に空間が小刻みに振動し、天空に渦巻く黒い雨雲から夥しい稲妻を呼ぶ。

 龍鬼を取り巻く空気の密度が、急激に凝縮する。

 同時に、とてつもない気の重圧が耶磨人達を襲う。が、寸前の所で、どこからともなく立ち昇る鮮紫色の光が盾となり、耶磨人達を守護していた。耶磨人達の足元では巻き添えをくった餓鬼や邪鬼達が、逃げ惑う間も無いままに、次々に灰と化し、ぐすぐすと崩れて行く。

「珠ちゃんの守護力が無かったら、我々もあやつら同様、灰と化して崩れ果てていたであろうな」

 偉智が場違いな程落ち着いた口調で淡々と語る。

「珠姫のばあちゃん、すげえ」

 耶磨人は感嘆の声を上げると、只管印を結び続けている珠代を見つめた。珠代の全身から立ち昇る夥しい量の鮮紫色の光が、耶磨人達をすっぽりと包み込んでいた。

 龍鬼が忌々しげに珠代を睨みつける。雨雲から走る稲妻が、一気に珠代目掛けて降り注ぐ。が、次の瞬間、巨大な影がそれを遮った。

 東方神亀だ。

 東方神亀は地表に降り立つと、珠代を抱き竦めるように覆いかぶさった。

 東方神亀の身体から立ち昇る紫を帯びた濃厚な気の壁が、絶え間無く空を裂く稲妻をことごとく蹴散らしていく。

 龍鬼が、怒号を上げながら東方神亀に牙をむいた。

 刹那。

 百多郎が、萬が、無防備となった龍鬼の背後に跳びかかる。珠姫達も後に続こうとするが、東方神亀の分厚い気のカーテンに阻まれ、身動きが取れずに苛立ちの表情を浮かべた。

 恐らく珠代がそうしたのだ。守るべき者達を、危険に巻き込まない為に。

「わしらも行くぞ。覚悟は良いか」

「はいっ!」

 耶磨人は歯を食いしばって偉智に答えた。身体が小刻みに震えていた。市に気取られまいと必死で抑えようとするものの、怒涛の如く押し寄せる、不条理な現実に震撼する耶磨人の深層心理は、理屈では抑えきれない畏怖を、震えという形で無意識のうちに表していた。

 気のカーテンの向こう側にいる珠姫にとっては、自由に動ける耶磨人の存在が羨ましいに違いない。でも耶磨人の心理はちょっとばかり違っていた。

 俺、何でこっち側にいるんだろう。珠姫達の傍に居れば、自分の身については、まだ安心出来たのに――そんな思いが、耶磨人の脳裏をよろよろと過ぎていく。

 耶磨人は激しく頭を振り、それを必死で振り放そうとした。

(俺だって、ももさんと偉智さんの子孫なんだ。指を咥えて見てる訳にはいかねえっ!)

 偉智にしがみ付く耶磨人の手に、自然と力が入る。

 萬が、上段に構えた剣を一気に振り――止まった。

 萬だけじゃない。他の者も皆、攻撃態勢の途中で停止していた。

 動かないのではない。

 動けないのだ。

 龍鬼を中心に迸る重力波のウエーブが、萬達の動きを完璧に停止させていた。

 但し、一人を除いては。

 耶磨人は息を呑んだ。彼には見えていた。百多郎の矛が、厚い壁となって立ちはだかる龍鬼の瘴気を切り裂きながら突き進んでいくのを。

 矛先が、龍鬼の脇腹に迫る。

 寸前、龍鬼が跳躍。その巨体からは想像出来ない俊敏な動きで、瞬時にして遥か上空へと急上昇した。

 百多郎は急制動をかけると、頭上のターゲットを見上げた。

 龍鬼の周囲で、夥しい雷光が弾けると、やがてそれは球体へと形状を変化させていく。

 半端じゃない。

 数も大きさも、今までの倍は優にある。

 龍鬼が、闘気に満ちた咆哮を上げる。

 雷光の球が隕石の様に降り注ぐ。それも、百多郎一人に。

百多郎の動きが止まった。

 容赦無く迫り来る雷球を盾一つで耐え凌いでいるのだ。盾にぶつかり、四散した雷の破砕片が、花火の様に周囲に降り注ぐ。

 龍鬼は大きく顎を開け、百多郎を威嚇――が、瞬時にしてそれが狼狽ともとれる表情に転じた。

 百多郎を取り巻く気のプロミネンスが、それこそ龍鬼にひけをとらない位にまで爆発的に膨れ上がっていた。

 百多郎が咆哮を上げる。

 獣のような重低音の響きが、びりびりと空気を震わせる。

「ももさんっ!」

 耶磨人が叫ぶ。驚愕に見開かれた彼の眼は、まんじりともせずに百多郎を凝視していた。

 百多郎の眼が、黄金色の輝きを放つ。

 彼の風貌に変化が生じた。

 頭髪が炎の様に逆立ち、急速に発達した犬歯が、牙の様に口からその鋭利な姿を露わにする。同時に、両眼の眉の上部にくぼみが生じ、やがてそれは黄金色の光沢を放ち始める。眼だ。新たに二つの眼が開眼するや、更に凄まじく濃厚な気の噴流が、彼を中心に激しく渦巻く。

 すると、それに呼応するかのように、百多郎の盾が、見る見る間に形状を変えていく。硬質なそれが、まるでゴムの様に大きくたわむや、伸長し、全身をくまなく包み込み、やがて再び硬質のそれへと変貌を遂げる。鎧だ。日本古来の鎧でも西洋のものでもない。まるで鎖帷子の様な、白い鱗状のセラミック片らしきものが無数に連なっている。

 更に、矛先からは眩い白銀色の気が迸り、その長さは刀身の数倍以上に及んでいた。

 龍鬼は動かない。

メタモルフォーゼした獲物を警戒しているのか、中空に留まったまま、じっと百多郎を身下ろしていた。 

 沈黙と静寂。

 まさに、嵐の前の静けさとも言うべき、不気味な凪の時間が過ぎて行く。

 百多郎が動く。

 瞬時にして、龍鬼と同じ座標に到達。即座に奴の胴目掛けて矛を放つ。

 龍鬼が吠える。

 超重量級の強烈な重力波が、そして同時に、荒ぶる雷が乱舞し、百多郎を襲う。

 百多郎の矛先が、大きく空を裂く。途端に、重力波は矛先が中空に描いた軌跡の中へ吸い込まれ、雷はちりぢりになって消え失せた。

「すげえ……」

 耶磨人が嘆息をつく。

「そうじゃろ。奴が己の力の箍を外した時、風貌は神の姿となり、最強の方相氏として君臨するのじゃ。但し周囲の建物はみんなぶっ壊れてしまうがな」

 偉智は目を細めると誇らしげに百多郎を見つめた。

 百多郎が大きく飛翔。

 同時に龍鬼が鋭い爪で空を薙ぐ。空間に亀裂が生じ、漆黒の闇が無数の竜巻となって百多郎を襲う。

 百多郎は動じることなく矛を薙ぎ、竜巻群を次々に真っ二つに切断。そして、一気に間合いをつめる。

 怯む龍鬼。

 その隙を、百多郎は逃さない。矛先が迷う事無く龍鬼の額を捉える――瞬間。

 百多郎の動きが止まった。

 龍鬼の額を貫くほんの数ミリ手前で、どす黒い気の壁が激しく渦巻きながら矛先を捕捉していた。

 龍鬼は憤怒にうち震えながら、凄まじい形相で怒号を上げた。それは、強烈な重低音の波調を奏でる衝撃波となって、至近距離から百多郎を襲った。

 刹那、白銀色の閃光が弾ける。

 大きく後方に吹っ飛ぶ龍鬼。驚愕に呻きながら、微動だにせず、中空に立ちはだかる百多郎を凝視する。

 清廉で神々しい波動に満ちた白銀色のオーラが、百多郎を包み込んでいた。彼を取り巻く気のプロミネンスは、対峙する龍鬼を遥かに凌ぐ厖大な容量を誇りながら、激しく燃え上がり、天空から大地に至る全ての空間を空間をプラチナカラ―一色に染め上げている。

龍鬼が忌々しげに百多郎を睨みつける。龍鬼の頭上を覆う黒雲が激しく蠢きながら、無数の稲妻を大地に降り注いだ。

 落雷の凄まじい威力に、地表が大きく爆ぜ、無数の亀裂が走る。と、そこからどす黒い瘴気がじわじわと這い上がり、龍鬼をどっぷり包み込んでいく。

 それだけではなかった。龍鬼の周囲を徘徊していた妖達の残党、も無理矢理吸い寄せられ、次々に融合していく。御魂使いの二人も例外ではなく、甲高い悲鳴を一つ上げただけで、黒い闇の集合体に同化していった。

 更に巨大化しようとしているのだ。

 龍鬼は満足気に咆哮を上げる。

 刹那。

 地面に生じた亀裂から、土煙を巻きながら、猛スピードで何かが飛び出し、龍鬼の身体を下腹部から頭部へと貫いた。

 龍鬼は、己の身に起きた事態を掌握しかねているのか、落ち着きなく周囲を見回している。が、不意に苦悶の表情を浮かべながら、狂ったように暴れ始めた。

悶絶する龍鬼の精神状態と同調するかの様に、頭上に渦巻く黒雲から無数の雷が走り、大地を無差別に打ちすえる。

落雷の一つが瘴気を吐き出していた亀裂に飛び込む。

 大地が、小刻みに揺れる。

 亀裂が、瞬時にして蜘蛛の巣状に広がった。

 飛び散る地表。

 龍鬼が怪訝な表情を浮かべながら、直下の亀裂を見据える。

 刹那、凄まじい爆音が大地を、空間を激しく揺るがす。と同時に、激しい炎の柱が亀裂から間欠泉の如く吹き上がり、龍鬼を一瞬にして呑み込んだ。

「何が起きたんだ……」

 唐突の炎上に為す術もなく燃え尽きていく龍鬼を、耶磨人は呆然とした表情で見つめた。

 不意に、天空から地上へと、黒い影が視界の片隅を過る。

「偉智さん!」

「うぬ」

 偉智は耶磨人の声掛けに答えると、一気に急降下。

「これはっ!」

 耶磨人は思わず驚きの声を上げた。大地に突き刺さり、しゅうしゅうと煙を上げている空からの来訪者に、彼は見覚えがあった。

 青黒い光沢を放つ刃の、細身の刀――猪熊に憑依していた鬼蜘蛛が、百多郎を刺したあの刀だ。

「龍鬼の落鱗から打ちだした魔刀か。流石の奴も、己の身の一部から創り上げた武器を使われては、いくら瘴気を張っても防ぎ様はないわの。でも、何故こんなものが」

 偉智が首を傾げる。

「じいちゃんが仕掛けたんだ。奈落に落ちた時、たまたま見つけた濃縮エクトプラズムの貯蔵タンクにぶっ刺してきた。式神召喚用の紙を焚きつけ代わりにばら撒いてな」

 いつの間にか耶磨人達の横に降り立った萬が、そう呟いた。

「ひょっとして、ももさんはこうなる事を予期してたのか……」

 耶磨人が、尊敬の眼差しで百多郎を凝視した。

「ま、偶然じゃろうな。それにまだ安心は出来ぬ」

放心状態の耶磨人に、偉智は苦虫を噛み潰した様な表情で答えた。

「どうして?」

 耶磨人が怪訝な表情を浮かべながら偉智を見た。

「『たま』を潰さぬ限りは、奴は不死身じゃ」

 偉智が悔しげに呟く。

「えっ? 『たま』って言っても、龍鬼は雌でしょ? 元々は絹川りおなんだから――あ、契りを交わしたって言ってたから、龍鬼自体は雄なのか・・・りおが合体しているだけで」

 耶磨人は首を傾げながら偉智を見た。

「その『たま』ではない。宝珠じゃ。耶磨人も龍の絵を見た事があるじゃろう。大抵の龍が手に握りしめておる金色の珠じゃ。龍が無限の神通力を駆使できる根源が、そこにある。奴は龍神を模倣し、造られた亜神じゃ。恐らくはその辺りも模倣しているかもしれん」

「でも、あいつ、何も手に持ってない」

「何処かに隠し持っているのじゃろう。恐らく、百多郎もそれは認識しておるはず」

 偉智が天空を仰ぐ。、不意にその表情が強張った。

「ばあちゃん?」

 萬が怪訝な表情を浮かべながら偉智の眼線を追い、凝固した。

 二人の普通でない反応に、耶磨人は慌てて空を見た。紅蓮に燃え上がる炎柱に焦がされ、龍鬼の頭上に広がる黒雲が裂け、黄金色の月が顔を出している。

 黄金色の月?

 今は真昼間。この時間帯に月が見えるはずはない。

「ひょっとしてあれはっ!」

 耶磨人がいろめきだつ。

「おおっ、あれこそは金の珠っ!」

 偉智が上ずった声で叫んだ。

 不意に、百多郎の姿が耶磨人の視界を遮る。

 彼も気付いたのだ。姿を現した龍鬼の珠の存在に。

 矛を構え、真っ直ぐ珠を突く。

 刹那、波打つ気の波動が珠を包み込み、矛先を弾き返す。

 再び矛を構えた百多郎を、黒っぽい影が包み込む。

 龍鬼だ。灰と化しながらも、百多郎に巻き付き、締め上げようとしているのだ。しかもその姿は次第に明瞭化し、実体を取り戻しつつあった。

(このままじゃ、ももさんがやられてしまうっ! )

 耐え難い焦燥と苛立ちに、耶磨人はぎりぎりと歯を噛み締める。

(俺に出来る事は、俺にでも出来る事はないのか――あった! )

「偉智さんっ! 」

 神妙な面持ちで耶磨人が叫ぶ。

「分かった! それ以上言うでない。奴に悟られる」

 偉智が鋭い口調で耶磨人を制した。

「えっ! 分かったって? 」

「心を読んだ。私には御前の考えている事が何でも分かる」

「もしかして、あんな事やこんな事も? 」

「ああそうじゃ。いつ何時でもな」

 どおおおんと暗くなる耶磨人。

「こらっ、そんな事で落ち込んでいる場合かっ! 全ては甘く切ない青春のりっしんべんじゃっ! それくらい私も理解しておるわっ! 」

 偉智に励まされ、と言うか慰められ、耶磨人は重い腰を上げた。

(ももさんの盾が持てるなら、この剣だって扱えるはず)

 耶磨人は意を決し、眼前の地面にぶっささっている刀の柄に手を掛けた。硬い、物質化した感触と同時に、恐ろしく凍てつく冷気が掌から腕へと浸透してくる。魔刀の瘴気が耶磨人を取り込もうとしているのか。

(今は何も考えるな。俺に出来る事を、俺だけに出来る事を考えろ)

躊躇する事無く、一気に引き抜く。途端に、耐え難い痺れと虚無感が耶磨人の腕を支配する。耶磨人と刀の気が、互いに不協和音を奏で、反発し合っているのだ。

 耶磨人は吠えた。吠えながら、渾身の力を込めて刀を握り絞める。

 耶磨人は上空で龍鬼の灰の虜囚になっている百多郎を見上げた。

「行くぞっ! 」

 偉智が叫ぶ。

「はいっ! 」

 耶磨人は大きく頷くと偉智の背にまたがった。

 一気に急上昇する偉智に、耶磨人は必死にしがみ付く。

 不意に、灰の一部が無数の触手と化して、蛇の様に鎌首をもたげると、耶磨人に襲いかかる。

 耶磨人が大きく刀を薙ぐ。

 飛散する触手。瞬時にしてそれは形状を失うや、再び灰と化した。

 偉智が超高速で空を駆り、天空へと一気に昇り詰める。

 間近に迫る金色の珠。

 でかい。耶磨人の背丈の数倍以上は優にある。

「行けえええええええっ! 」

 耶磨人は刀を珠に振り降ろした。

凄まじく波打つ珠の気のプロミネンスが刀を受け止める。と、同時に、とてつもなく重い負荷が耶磨人の両肩にのしかかる。珠の力と耶磨人の力が拮抗しているのだ。

(くそうっ! 俺の力じゃ、ひび一つ入れらんねえのかよ)

 焦燥が、耶磨人の意識を容赦無く苛む。

 不意に、温かい気の噴流が両腕に流れ込む。耶磨人の手に、何かが添えられていた。

 手だ。鱗状の甲冑に覆われた右手が、しっかりと耶磨人の手の上に重ねられていた。

 百多郎だ。

「やるじゃねえか、耶磨人」

 百多郎が、うれしそうに囁く。

「ももさん、どうやってふりきったの? 」

「耶磨人のおかげだぜ。奴め、御前に気を取られて一瞬力を抜きやがったんだ」

「話しは後じゃ。早くかたをつけろっ! 私がもたん」

 偉智が激しい剣幕で叫ぶ。ふと見ると、龍鬼の灰がすぐ後ろにまで迫っているものの、それ以上近付く事無く一定の距離を保っている。偉智の気の壁におされているのだ。

「よしっ、行くぜえっ! 」

 百多郎が叫ぶ

「了解! 」

 答える耶磨人。

 二人の身体から、鮮やかな白銀色の気が立ち上り、一気に刀に伝播する。。

 乾いた異音。

珠の表面に、一筋のひびが走る。次の瞬間、亀裂は不規則な軌跡を刻みながら一気に珠全体に広がる。

 無機質な冷たい破砕音が、乾いた音色を刻む。

珠が、粉々に砕け散る。

 同時に、刀にも無数の亀裂が走り、珠と同じ運命を歩んだ。

 龍鬼の灰は、身悶えしながら収縮し、見る見る間に大地の亀裂に吸い込まれていく。

 偉智の気に包まれながら、三人はゆっくりと地上に降り立った。

「やったな」

 百多郎は気だるそうに呟くと、そのまま崩れるように座り込んだ。百多郎の容姿が、風貌が、見る見る間にメタモルファーゼを解いていく。

「流石にきついぜええ」

 ふう、と、吐息をつく百多郎。

 不意に、冷たい風切音が空を裂く。

 大地にクレバスが走り、百多郎の膝前十センチで止まった。

 大鎌だ。巨大な半月の刃は、百多郎の矛先に遮られ、彼の額すれすれで止まっていた。

「ちいっ、止めやがったか」 

 鎌の使い手が悔しげに呟く。鎌蛙だ。

百多郎が矛で押し返すと、鎌蛙は大きく後方へ跳んだ。

「反撃する余力は残って無い様ね」

「無い様ね」

 鎌蛙の横に、御魂使いの妖姉妹が佇んでいる。但し龍鬼の落鱗製の甲冑は身に着けておらず、鎖帷子の様なすけすけあみあみコスチュームで、微妙な陰影を露わになっていた。

「おめえら、龍鬼と同化しなかったのか? 大事な鎧は持っていかれちまったようだが」

 百多郎が意外そうな表情で妖達を見据えた。

「まあな。こいつらは間一髪のところで甲冑を脱ぎ棄てて命拾いしたんだ。俺はすんでのところで時空の隙間に潜り込んで難をのがれたのさ」

 鎌蛙は得意気に言うと、ぐえろぐえろと肩を揺さぶって笑った。

「さあて、こんどこそ一発で決めてやる」

 鎌蛙は大きく鎌を構えると、素早く間合いを詰める。

 微動だにしない百多郎。

 鎌蛙は容赦無く鎌を振り下ろ――消えた。

 鎌蛙の手から、鎌は忽然と消え失せていた。

 愕然とした表情で、鎌蛙は己の手を凝視した。

「げひっ!」

 鎌蛙の表情が恐怖に歪む。が、次の瞬間、鎌蛙の身体は縦方向にぱっくりと裂けた。

「やっと見つけたあ」

 鎌蛙の背後で、安堵に満ちた少女の声が響く。黒いポンチョの様な服をすっぽりと纏った長い黒髪の少女が、にこやかな笑みを浮かべ、佇んでいた。大事そうに手に大鎌を握りしめ。それは、紛れもなくさっきまで鎌蛙が持っていた代物だ。

「ももさん、あの娘誰? 」

「ああ、あいつは大鎌の本当の持ち主、死神だ」

「えっ? 」

 ぎょっとした表情で耶磨人は少女を凝視する。

 大きな瞳に長い睫毛。色白でめっちゃかわいい!

「申し訳ございませんでした。私の不注意で皆様には大変御迷惑を御掛けしました。ももさん、情報ありがとうございました。こやつは私が責任持って地獄へと連行します。では、また」

少女は深々と御辞儀をすると、鎌蛙と共に忽然と消えた。

「さあて、お嬢さん方、どうしたもんかな」

 百多郎がにやりと笑みを浮かべながら、御魂使いの姉妹をねめつけた。二人のまわりは萬や猪熊、そして琴能姉妹が取り囲み、逃げ道を完璧に封鎖している。

「おのれえええっ! 出直すよっ!」

「出直すよっ!」

二人の像が、ゆっくりとぼやけ始める。

刹那、御魂使い達ををきらきらと金色に輝く光の輪が取り囲んだ。二人は、ぎょっとした表情で動きを止める。

「退路は断った。御前達はもはや我が結界の虜囚じゃ」

「観念しろ」

 百多郎の傍らに、巫女姿の少女が二人。りんとらんだ。

「きいいいいいっ!」

 妖達が悔しそうに叫ぶ。同時に、彼女達の身体に異変が生じた。黒褐色の剛毛が全身を包み、口が大きく裂ける。三角の耳、口から覗く発達した前歯、鞭の様な長い尾――巨大な鼠、妖鼠だ。

 だが二人の巫女に動揺は見られない。二人とも御魂使いの姉妹の正体は既に見抜いていたのだろう。らんは無表情のまま奴らを見据えているし、りんはほくそ笑んでさえいる。

「うまそうじゃ」

「喰うなよ、姉者。腹を壊すぞ」

 白銀色の神気が、二人の巫女を包み込む。

 同時に、二人の容姿が大きく変貌を遂げた。。純白の体毛に包まれ、尾が三つに分かれた神狐の姿に。

「おぬしら、かんねんしろ。わしらは手加減するほどのお人よしではない」

「姉者、わしらは人にあらず」

 まったりと余裕の素振りで対峙するりんとらんに、妖鼠達はブチ切れた。

「なめてんじゃねえっ! 」

「この程度で囚われるとわしらではないっ! 」

 妖鼠達は憤怒に歯をむき出しにしてを二人を睨みつけると、鋭い牙がちがちと立てて一瞬のうちに結界を嚙み砕いた。

 次の瞬間、妖鼠達は体躯を大きく伸長させ、りんとらんに跳びかかった。

 だが、二人は妖鼠達の先制攻撃に臆することなく、ただじっと迫り来る奴らを見据えていた。

 妖鼠達が勝ち誇った表情で神狐達を包み込む神気に爪を立てる。

 が、二人は一転してぎょっとした表情を浮かべる。

 神気に触れた途端、彼女達の爪が、指が、灰の様にぐすぐす崩れたのだ。

 勢い余った妖鼠達の身体は急停止出来ずに灰と化し、彼女達の足元に降り積もっていく。

 あっけない幕切れだった。

「結界を張ったと申したのに。我々の前にだけだけどな」

 らんが呆れた表情を浮かべると、深い吐息をつく。

「あんなフェイクを本物だと思うとはな。わしらもなめられたものじゃ」

 りんは忌々し気に表情を歪めると、残念そうに呟いた。

「兄ちゃん! 」

「大丈夫? 」

 都喜美と葉奈美が、心配そうな表情で耶磨人に駆け寄って来る。

「二人とも、どうしてここに?」

 驚きの声を上げる耶磨人。

「突然ムウロン達が飛んでっちゃったんで、後を追っかけてきたの」

「来てみてびっくりって訳」。

 都喜美と葉奈美が交互且つ手短に近況報告を述べる。

「珠姫――さん、珠璃さん、身体、戻ったの?」

 都喜美が、恐る恐る珠姫に尋ねた。

「うん、二人の兄ちゃんの活躍でね」

 珠姫はいつものつんけんした素振りは見せず、はにかんだ素振りで答えた。

「良かった、おめでとう! 」

 葉奈美が笑顔を浮かべる。

「ありがとう」

 珠姫は満面に笑みを浮かべて答えた。珠姫と妹達の間にあった蟠りは、何とか解消した様に見える。めでたしめでたし!

「珠璃、珠姫、大丈夫かっ! 」

「耶磨人! 都喜美! 葉奈美! 」

 唐突の呼び声に耶麻人達は振り向く。と、役に先導され、こちらに向かってやって来る琴能家と高邑家御一同様の姿が見えた。

「耶磨人おおおおおおっ! よくぞやってくれたあああああっ! 御前の活躍振りは刑事さんから聞いたぞおおおうううっ! 」

 蓮多郎は感涙絶叫で登場するや、耶磨人をひしっと抱き締めた。

「父さん、やめてくれっ! きもい」

 耶磨人は頬ずりしそうな勢いの蓮多郎を、思いっきり迷惑そうな顔つきで突き放す。

「ところで、絹川りおはどうなった? 悪神に憑依されていたと刑事さんに聞いたんだが」

「えっ? 」

 耶磨人は言葉を失った。

(本音はそれかよっ! 本当は俺の事なんかよりそっちが心配なのかよっ! )

不満たらたらの耶磨人であったが、絹川りお大ファンの父に、骨すら残らないまでにやっつけたなんて言えやしない。

「絹川りおは生きてるぜ。但し、エネルギーをごっそり龍鬼にもっていかれたから、姿は保障できねえが」

「へっ? 」

 ひょうひょうと言ってのけた百多郎を、耶磨人は怪訝そうに見た。

「役、奴はどうだった? 」

 百多郎に声を掛けられた役は、にやりと笑みを浮かべた。

「いたぜ。御前の言った通り、ゆめしまスカイタワーの最上階にな」

 そういうと、役は、ぱちんと指を鳴らした。

 不意に、何もない中空に巨大な映像が現れる。

「これは……? 」

 あんぐりと口を開けたまま、凍てつく耶磨人と蓮多郎。彼の眼に映ったのは、車椅子に乗せられ、刑事に連行されていく皺くちゃで木乃伊の様な老婆の姿。しかしその服装は、絹川りおと同じ、ミニスカタイプの巫女さんコスチューム。その映像の前を、担架に乗せられて連行されていく眉椿の姿が横切ったが、二人にとってもはや無関心的存在だった。

「絹川りお。本名は鬼怒川おりん。推定年齢百六十五歳。知る人ぞ知る有能な霊能士だ。最近姿を見せねえと思ったら、とんでもねえ事を企んでやがった。ゆめしまの幹部もみんな脱魂されて、代わりにおりんの使い魔が憑依していたぜ。実質奴がここの裏の支配者だったようだな。しかしあのばあさん、メディアには十六歳って公表してたんだろ? 歳のさば読み過ぎだ」

役が呆れたように語る。

「え、でも、そんなあ」

 耶磨人は猜疑心たっぷりの表情で役を見た。

「俺達が闘ったのは邪神に憑依されたあのばあさんの魂さ。奴程の実力者なら、霊能力次第で容姿はなんとでもなる。ま、今はへろへろになって器に戻っているがな」

 百多郎は、にたにた笑いを浮かべながら、失意に沈む高邑親子を妙に楽しげに見つめた。

「あ、あのう高邑さん、有難う御座います。おかげさまで家族全員身体を取り戻す事が出来ました」

 珠姫の父、珠三郎が、蓮多郎に深々と頭を下げる。

「早速ですが、御礼に規模も立地条件も今と同じ位の家を御譲りしようと思います。勿論、タダで」

「え、本当ですか? 」

 絹川りおの実態を知って失意のどん底に陥っていた蓮多郎の思考に、希望のスイッチが入る。

「ええ、本当です。但し、ちょっといわく付きの物件でして……」

 珠三郎は、頭を掻きながら申し訳なさげにうつむくと、気まずそうに眼をしょぼしょぼさせた。 

                                         




 

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ふにふに しろめしめじ @shiromeshimeji

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