カフェオレと君と私

きつねのなにか

カフェオレで、不思議なひと時を。


「ただいま」


君が好きだったカフェオレを一口飲んだら、君がそう話しかけて、そこに、居た。

君はもういなくなったはずだった。


「――なんでいるの、そこに」

「いやあ、なんか帰って来たくなってさ、だめ?」

「……駄目では無いけど。駄目では、無いけど。でも君はもうすでに――」




君が私の前から消えてしまった、その夏は、酷い夏だった。

君はいつも通りに、私が作ったカフェオレを飲んで、


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」


と、いつも通りの台詞を残して去っていった。



東西に分かれての数年にわたる戦争。

それはそれは激しい戦争だった。

戦争用の人的物資は根こそぎ使われ、徴兵まで行うような。

君は徴兵されて行ってしまったのだ。


「どうやって、帰ってきたの」

「そりゃあもう、命がけで」

「どうして、帰ってきたの」

「そりゃあもう、お前の作る最高のカフェオレが飲みたかったからさ」

「あのさ、君はもう――」


――言えない、言えない、とてもじゃないけど、言えない。


「なんだ?」

「……ううん。じゃあ、飲む?」

「飲みてえな、飲みてえよ。お前の作るカフェオレは最高だからな」

「わかった、じゃあ、作る。お願いだからそこにいてよね」


カフェオレはコーヒーと牛乳を混ぜ合わせて作る、コーヒー飲料だ。


よく君は、


「2つを混ぜ合わせて1つを作るなんて、まるで人生みたいだな」


って言っていたっけ。なんで人生なのかよくわからなかったけど。


コーヒーを注ぎ、牛乳を混ぜ入れる。この配合割合は私なりに研究した。君が好む割合を。


「出来たよ、はい、私お手製カフェオレ。……出来たけどさ、出来たけどさ」

「おう、ありがとう。さて一杯……の前に」


君は近づいて、下を向いていて君を見ることが出来なかった私の顔をくいっと持ち上げると、私にキスをした。


「へへへ、プレゼントだ、堪能しやがれ」

「堪能って。ただのキスなのに」

「まあ見てなって」


それから2人でカフェオレを飲んで楽しんだ。

私は何を喋っていたのか覚えていない。

覚えているとすれば、お喋りの最後には私のカフェオレがすっかり冷めていたことくらいか。

ただただ、震えないようにするのが精一杯だった。



「じゃあ、そろそろ行くわ」

「本当に、本当にもう行っちゃうの」

「ああ。最高のカフェオレだったぜ。2つを混ぜ合わせて1つを作るなんて、やっぱり人生だな」

「うん」

「元気でやれよ」

「うん」

「風邪引くなよ」

「うん」

「ま、よろしく頼むぜ」

「……うん」

「じゃ、いってくらあ」

そう言って君はかえっていった。


ついぞ言えなかった。


君が、もうすでに、死んでいるだなんて。カフェオレが置いてあるテーブルに、遺骨が置いてあっただなんて。






君が還った数か月後に、妊娠が発覚した。2年前に死んだ君と、私の子だった。



カフェオレ、それは2つの飲み物を混ぜ合わせて1つにする、不思議で素敵な飲み物。

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カフェオレと君と私 きつねのなにか @nekononanika

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