復讐の果て

 迫りくる銃弾を、陽炎のように魔力を纏わせた大剣で叩き落しながら、黒風ブラックゲイル人形兵器ドールの体を断ち切る。


「これで3体……この数はしかし……」


 そんな呟きをこぼす間もなく、二人一組で白兵を挑んできた人形兵器ドールの対応に専念する。


 魔様な流麗な動きで、短刀を振るいながら交互に攻守を入れ替えて迫るのは双子型の人形兵器ドール


 髪の色もほぼ同じなので、見分けが付き難いのも混乱の一因になるが、黒風ブラックゲイルにはそれは通じない。


「指揮官の為に!」


「……っ」


 81部隊の人形兵器ドールは36体。


 これは通常の人形兵器ドール部隊も同様だが、81部隊の異様さはその殆どがが指揮官に傾倒している事だ。


 いや傾倒と言うよりは、妄執に近い感情の爆発である。


 黒風ブラックゲイルが裏切られて完全破壊の間際に迫った頃は、嫉妬と言う感情の爆発が原因であった。


 だが、今は如何だ?


 自身が破壊されても怯まずに処刑人を討ち果たそうとする様は、他の部隊では見た事が無い。


 当然だ、人形兵器ドールの感情爆発で起きる事件では指揮官自身に大きな罪状はないとされているのだから。


 再教育はされるかもしれないが、命を取られることはない。


 なのに、81部隊の連中はまるで指揮官の命を救うためのように抗ってくる。


(北方司令部が中々手を付けなかった理由はこれですか……)


 処刑人と言う格好の囮が来てくれたから、早速動いたと言う所か。


「消え去れ! エクスキューショナー!!」


 途端に、横合いから両手銃ツーハンドの斉射。


 白兵を演じていた双子型もろとも撃ち抜こうと言うなりふり構わない作戦か。


「しかし、殺意が漏れすぎていては意味が無いですね」


 殺意でそれを察していた黒風ブラックゲイルの行動は処刑人の面目躍如と言った所だった。


 剣を射線を遮るようにまず突き立て、迫っていた双子の片割れを掴んで、これも盾にして体を守った。


 片割れを掴んだのを好機と見たもう一方の双子は、黒風ブラックゲイルに近づいた事で友軍より銃撃を浴びる事になる。


 短刀を振り上げたままの態勢で、破壊されていく双子型の片割れだったが意地の一振りが黒風ブラックゲイルの視覚を遮る黒布を切り裂いた。


「……その目……生きてるわね……面白い……この部隊がどうなるか、楽しみにしているわ……」


 顔半分を仲間の銃弾で吹き飛ばされながらも、残された片目で黒風ブラックゲイルの素顔を見た双子型の片割れは、半分だけの口元を歪めて崩れ落ちた。


 崩れ落ちた双子の片割れに問いかける時間はない。


 黒風ブラックゲイルは左右の目の色が違ってしまっている双眸で、銃撃してきた連中を見やり。


「遅い!」


 叫んで掴んでいた双子型のもう片方をぶん投げた。


 そして、名前の由来通り、大剣を掴めば黒色の風となり人形兵器ドールを数体纏めて両断して見せたのだ。


指揮官コマンダンテにすら、最近見せていないと言うのに」


 小さく愚痴れば、再度、素早い動きで戦場となった駐屯地を駆け回る。


 既に7体は倒したはず。


 天幕で5体倒れ、外の戦闘に加わっていない4体を除外してもまだ20体は居る計算だ。


「流石に。捌き切れるかどうか」


 呟いた瞬間だった。


「全部隊、進軍! 抵抗する人形兵器ドールを排除し、81部隊の指揮官を拘束せよ!」


 全く第三者の声が響く。


「そんな!」


「あの隊章は05部隊!」


「99、52もいる!」


「やっとですか……」


 響いた言葉は北方司令部の命令で81部隊を襲撃するべく派遣された部隊だった。


 動揺して浮足立った81部隊の人形兵器ドール達は、黒風ブラックゲイルへの攻撃の手を一瞬だけ緩めた。


 それだけで黒風ブラックゲイルには十分であった。


 冬に吹く突風の様に吹き荒れたかと思えば、その姿は不意に消える。


 それこそが黒き陣風なのだ。



 駐屯地の奥、木々に守られたように立っている建物へと向かう影一つ。


「司令部まで動くとは……指揮官を連れて逃げねば」


 他の仲間達が浮足立つ中、形勢不利と見て『カトレア』が白銀の髪を振り乱しながらも、指揮官が詰める建物へと向かっていたのだ。


 元々は山小屋か何かだったらしいその建物の前に、黒い影が佇んでいる事に気付く事無く『カトレア』は進んだ。


 そして、山小屋が大分近づいてから漸く黒い喪服を纏った左右の目の色が違う金色の髪の人形兵器ドールに気付いた。


「……『カリーナ』……よくも、良くもやってくれましたね……」


「――よくもそんな被害者面が出来ますね?」


 歯ぎしりをしながら絞り出した『カトレア』の怨嗟の声に、黒風ブラックゲイルは呆れたように肩を竦めた。


 互いが交わした言葉はそれだけであった。


 『カトレア』は手にした両手銃ツーハンドの銃口を握り、銃床で殴りかかってくる。


 鋭く速い一撃を避けながら、大剣を振るう黒風ブラックゲイルだが、瞳の色を赤く染めた『カトレア』は獰猛な笑みを浮かべてその一撃を難なく避けた。


 それ所か、振り下ろされた剣に着地して片腕で両手銃ツーハンドを持ち、狙いを付けた。


 銃声。


 響き渡る重々しい音は、しかし然したる結果を生み出さなかった。


 剣を手放した黒風ブラックゲイルの左腕が振り払うように銃口を逸らしたからだ。


 そして、右手には片手銃が既に握られている。


 三発立て続けに発射された銃弾は、『カトレア』の頭と胸を撃ち抜いた。


「やはり、気は晴れませんね。それにしても赤い瞳とは……」


 人形兵器ドールとして生まれた者達には、赤い瞳を持つ者はいない。


 どさりと倒れた『カトレア』の胸よりコアを取り出して、その手でキッチリ砕いてから黒風ブラックゲイルは息を吐き出す。


 この行為は人形兵器ドールには意味がない事だが、古代人として生きていた頃の名残がどうしても出てしまう。


「――流石にまったく出てこないのはおかしいでしょう」


 呟いて、指揮官が詰める建物へと入り込んだ彼女は、この駐屯地に来て一番の驚きを味わう事になる。


 そこには、椅子に縛られ半ば朽ちかけた指揮官の死体が鎮座していたからだ。



 全ては終わった。


 黒風は北方司令部にて報告をまとめていた。


 纏めながら思い出されるのは81部隊の状況である。


 81部隊の指揮官は、魔人の研究を行っていた様だ。


 人形兵器ドールに比べ魔人兵器ブラックドールはポテンシャルが高いのは周知の事実だが、その理由は良く分かっていない。


 一説には、感情の爆発を経た人形兵器ドールが、そのリミットを解除した姿とも言われている。


 どうも、81部隊の指揮官はそのリミット解除を目指していた様だ。


 その実験の被験者はAT09『グロリア』、AW11『デリラ』、そしてAA21『カトレア』の三体。


 結果的に彼女等の感情は爆発し、嫉妬による友軍は回を重ねた挙句に、魔人兵器ブラックドールと化していた。


 その挙句が指揮官の監禁と指揮官への絶対の信仰を植え付けての隊の乗っ取りと言った所か。


 何とも皮肉な事件だが、黒風ブラックゲイルの心に傷を残す資料も見つかった。


 それには、もう一体の成功例が記されていた。


 『AT02『カリーナ』、但し廃棄済み』との文言と共に。


 記された嘗ての名前を見て、黒風ブラックゲイルは眩暈にも似た物を感じていた。


 それから十日余り、生き残った者達や北方司令部の面々と碌々話もせずに過ごしていた黒風ブラックゲイルに、突如来客が告げられた。


 杖をついた指揮官コマンダンテクィーロであった。


指揮官コマンダンテクィーロ閣下! 如何して此方に?」


「失敗していたら笑ってやろうと思ってな」


「っ!……失礼ですよ、指揮官……!」


「貴様は、出立しゅったつ前の態度から失敗したら捨てられるとか考えているんじゃないかと思ったんだがね」


「……」


「図星か? 馬鹿め、手塩に掛けて育てた部下をそうそう捨てる物かよ。とっとと報告書を書きあげて中央に帰るぞ」


 押し黙った黒風を見やり、唇の端を釣り上げてクィーロはそう告げやれば、ずかずかと部屋の中に入ってきて報告書の作成に取り掛かった。


「それと、同僚が増えそうだ。81の戦わなかった4名とコアが壊れかけた1名だ。連中の面倒もしっかり見てやれよ」


「壊れかけた者の瞳の色は?」


「貴様と同じ、薄い赤と澄んだ青だ」


「……そう、ですか」


 仲間に破壊されかけたと言うAT05『ベルベット』の事だろう。


 それに、『カリーナ』の無事を喜んでくれたAW22『アネッタ』も、同じ部隊となるのかと感慨深く思い、ふとある事に気付く。


「私と同じ目の者、名前は如何するのですか?」


「うむ、既に決めてある。白輝ホワイトシャイニングだ」


「もう少し、そのセンスは如何にかなりませんか?」


「……失礼だぞ、貴様」


 報告書を何処から手を付けようかと書面を見ていた恐るべき指揮官コマンダンテは、唇を尖らせながら抗議した。


 それが、今の黒風ブラックゲイルには何よりも眩しく感じていたのだった。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒き陣風のエクスキューショナー キロール @kiloul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ