復讐と足掻き

 復讐とは、甘美な自己愛である。


 そう語った者がいると言うが、一体どこの誰なのだろうか。


 きっと、この銃の引き金を引けば気分が晴れるのだろうと考えていた黒風ブラックゲイルにとって、この結末は不本意であった。


 機械仕掛けの腕を吹き飛ばされて、驚愕と痛覚を感じてのたうつ相手を視覚以外の感覚で感じるも、愉悦どころか嫌悪しか覚えなかったのだ。


「2年間で20体以上は多すぎますね。北方司令部が協力……と言うより積極的に動くわけです」


 20体以上とは、81部隊に所属し完全破壊された人形兵器ドールの数である。


 最前線に駐屯する精鋭部隊でもこれ程の数が完全破壊されることはない。


 何せ、コアさえ無事ならば全身破壊されても換装可能なのが人形兵器ドールの強みなのだから。


 精鋭部隊の中には10回以上身体は破壊されても、コアだけは守り抜き戦列に戻っている古強者もいる。


 激戦区と言われていたが実の所、前線には違いないが激戦区には程遠い81部隊の駐屯地で、それだけの損耗を、それも完全破壊されるなど異常も良い所だ。


 何故、今まで梃入れが無かったのか不思議でしょうがない。


 そんな事を考えながら、黒風ブラックゲイルは自身が持つ魔銃の側面に触れて、魔力を充填する。


 彼女の愛用する銃は片手銃ワンハンドと呼ばれ、装填数は多くなく両手銃ツーハンドに比べ威力も弱いが持ち運びに便利だ。


 それに、威力は弱いと言っても装甲を纏っていない魔人兵器ブラックドールであればそのコアは撃ちぬける。


「し、死んだ筈だ! あいつは確かに死んだ!」


 右腕を破壊された黒い髪の人形兵器ドールは、狼狽し、混乱しながらそれに抗うように叫んだ。


「死人が……この場合は廃棄された人形兵器ドールが出歩くのは不味い、故の目隠しです。それでも、三柱の人工神アーティフィシャル・ゴッズには認知されておりますので、廃棄機体と言う訳でもないのですが」


 感情がざわつくのか、饒舌になりがちな己を戒める様に黒風ブラックゲイルは再度弾丸を射出した。


 狙いは寸分違わず、魔力を帯びた弾丸は黒い髪の人形兵器ドールの左腕の付け根を打ち抜き、その腕を吹き飛ばす。


「がぁぁぁっ! ふざ……ふざけるなよ! 奪わせは、奪わせはしない!」


「正味な話、私、81部隊の指揮官には魅力を感じたこと無いのですけれどね」


 優美などと称される人形兵器ドールの声音とは思えない痛みと激情に駆られた絶叫に、僅かに黒風ブラックゲイルは眉根をひそめながら、正直な感想を口にした。


 しかし、これでは、この騒ぎに81部隊の面子が集まって来る。


「……まあ、良いでしょう。北方司令部の肝いりの作戦です、精々派手に囮となりましょうか」


 本来、中央司令部に所属する粛清部隊は地方司令部には嫌われている。


 組織特有の縄張り意識の他に、中央司令部の現場を無視しがちな指示、そして粛清部隊の任務内容を鑑みれば当然と言えたが、81部隊の処断にはむしろ北方司令部の方が積極的だった。


 処刑人を嵌める心算でなければ、この後に北方司令部所属の数部隊が81部隊が駐屯するこの地を襲撃する予定である。


 その時間まで、襲撃を気付かせずに部隊を足止めする役割を黒風ブラックゲイルは与えられていた。


(しかし、襲撃とは……81部隊の問題はそこまで根が深い……?)


 もがく両腕のない人形兵器ドールを視覚以外の感覚で感じながら、思考は北方司令部の過剰ともいえる対応に向いていた。


 そこに、複数の足音が響き人形兵器ドール二体が相対していた天幕に数体の人形兵器ドールが入り込んでくる。


「何事だ!」


「エクスキューショナー!?」


「これは一体?」


 ぞろぞろと81部隊に所属する人形兵器ドールが天幕の外にも集まっているようだ。


「お久しぶりですね。頭を撃たれおぼろげですが……少しは覚えておりますよ」


「な、何を?」


「そ、そいつは! そいつは、AT02『カリーナ』だ!」


「……そう言えば、そんな名前でしたか、私は」


 両腕をもがれた黒い髪の人形兵器ドールの絶叫が響き渡る最中、黒風ブラックゲイルは嘗ての自身の名前を聞き、呟く。


 その名前に天幕に入ってきた数体のうち、二体だけがそれぞれの反応を示した。


「馬鹿な! 確かに死んだ筈! コアを撃ち抜いた筈だ!」


「生きていたの! 何でもっと早く姿を!」


 互いが思わず叫び、そして……。


「――AW11『デリラ』、今なんて? ?」


 沈黙が落ちた。



 天幕の中を沈黙が支配するが、その支配権は外にまでは及ばなかった。


「……各員、天幕を焼き払います」


「何を言っているのですか、AA21『カトレア』! 『デリラ』や『アネッタ』が中にいるのですよ!」


「エクスキューショナーは! ……エクスキューショナーはAT02『カリーナ』です。2年前に我が隊に所属していましたが、魔族の襲撃時に魔人化し処断された人形兵器ドール……中央が何を考えているのかは不明ですが、そんな者をエクスキューショナーとして仕立て上げ、送り込んできた。これは……我らの指揮官に対する悪意が働いているのでしょう」


「まさか、そんな……!」


「それに、天幕の中の静けさ、既に皆破壊されているかもしれません。指揮官の名誉を守る為にも、やるしかないのです!」


 毅然と言い放った『カトレア』は両手銃ツーハンドを構えた。


 長銃とも呼ばれる両手銃に魔力を込める『カトレア』。


 他の多くの者も、それに習って魔力の充填を始める。


「ま、待ってください! 流石にそれは無理があります! 処刑人を手に掛けてしまえば指揮官は良くて更迭……っ!」


 諌めようとした人形兵器ドール胸が、重々しい音と共に爆ぜた。


 至近距離で胸のコアごと両手銃ツーハンドで撃ち抜かれたのだ。


「……こんな……こと……」


 最後に撃ち抜いた者を見て、諌めた人形兵器ドールは目を見開き崩れ落ちた。


 背後で両手銃ツーハンドを、銃口から硝煙を起ち上らせた長銃を構えていたのは、自分の姉妹型であったのだから。


「ごめんね、お姉ちゃん。指揮官様を守る為なの」


「斉射!」


 消えゆく意識の中、コアを打ち抜かれた人形兵器ドールが聞いた声は、妹と『カトレア』それぞれの声であった。


 光を失いかけた瞳は、閃光を帯びて複数飛び交う銃弾が天幕に着弾し、炎上する光景を映していた。


 意識を失う最後に彼女が見た物は、天燃え盛る炎を受けて赤く染まった黒き処刑人の姿だった。


 身の丈を超す大剣を肩に担ぎ、もう一方の手には彼女の生を喜んだ人形兵器ドールを抱えて出てきた光景。


(この……部隊は、もう駄目ね)


 そんな確信を抱き、AT05『ベルベット』は意識を閉ざした。


 その顔は微かに、しかし、はっきりと嘲笑ともとれる笑みが浮かんでいた。

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