小説の「ネタ」というのは貴重なものです。特にミステリとなると、その重要性は俄然増し、ネタ、すなわち「トリック」というものは、ひとつ一つが作者にとっては「あちこち掘り返してようやく見つけた」埋蔵金のようなものなのです。ですから、ミステリ作家という人種は「トリック」を非常に慎重に扱います。せっかく手にした、そして今度またいつ手にできるか分からない埋蔵金を、そうそう簡単に使ってしまうわけにはいかないからです。トリックひとつで小説一遍、中には「一発トリック」を膨らませに膨らませて長編に仕立てる作家も多いことでしょう。
そこへ来て本作です。長編や短編どころの騒ぎではありません。何と「五七五七七」の僅か三十一文字でトリックをひとつ使い切っています! 恐るべき太っ腹! この苦行としか思えない(笑)世界一効率の悪い創作術に挑み続ける作者に対して、拍手喝采を送らずにはいられません。
本作を読む読者は幸せです。並みのミステリ作家なら、それひとつで最低限短編を書き上げられるだけのトリックを、僅か十秒で味わえてしまうのですから。